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□君に落とした1つのキス
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僕たちのそばには、いつだってそっと寄り添うようにして数字がいた。
彼らはいつも自己主張なんかはしないけれど、僕が気づけばこちらに向かって微笑んでくれていた。

僕が数字に執着するのにはちゃんと理由がある。
何事にも理由を知りたがる僕に、数字は当たり前のように求めるものを与えてくれるからだ。
だからこそ、数字に対して不満を持ったことなど、今までにただの一度だってあった試しはないのだ。

車のタイヤは4つだから安定して走れるのだし、いつも彼女が会ったときにくれる1粒のチョコレートにだって好きなものを共有したいという理由がある。(随分前にそう言って笑ってくれた)
きっとひとが死ぬまでに呼吸をする回数やまばたきの回数だって、そうだ。

数字は無口だ。
自身を語ることなんて絶対にしない。
こちらが理解しようと努めたとき初めて、その輪郭がわかりはじめるのだ。
大切なのはきっと、彼らに対する真摯な姿勢。
彼らは辛抱強く、変わらず僕たちを待ってくれるのだ、いつだって。

なのになぜだろう。
彼女の2つの瞳は僕のそれと交わらない。(きっとその2はお互いを見るためのものなのに)

1、2、 34、 5。

彼女の頬を伝う雫は5を越えて数えきれなくなった。
僕が数字に関するものにおいて最も苦手としたのは、数えきれない無数のものだった。
数えきれないもの、それは多数であるという事実を伝えるものであって、具体性もその理由もない単なる無秩序であると思うからだ。


「すき、すきだよ、」

ただ、無秩序にも僕が今まで目を向けていなかっただけで理由はあったのかもしれない。
無秩序を成り立たせるのも数字なのだ。
きっとその無数の涙は、会えなかった日数にメールの返信率、そんな数を足したり引いたり、はたまた掛けたり割ったりして成り立
っているのだ。
あくまでも仮定の話だけれど。

僕が彼女に手を伸ばすと、容易にその無秩序に触れることができた。
何を言うことも出来なくて少し強引に彼女を自分へと引き寄せる。
0になった距離とやっと交わった2つの瞳、(僕のと足すと4つ)3回のまばたきのあと、彼女も黙って僕の背中にしがみつくようにして手を回した。
無数の涙が止まったかどうかはもう見えなくなってしまったけれど、いま僕の2はそれを見るためにあるのではない気がしてそっと瞼をおろした。

無秩序を美しいと感じたのは初めてだった。
言葉がみつからないまま、僕は彼女の唇に1度自分のものを重ねる。

ああほら、すべてを足し合わせれば完全数の完成だ。
存在する完全数のうち最も小さな6。
何者も入る隙のない完全な数。
そういえば彼女が先ほど僕に言ったあの言葉も6文字だった。

僕は彼女との距離が0であることに満足して、彼女の無数の涙を空に散りばめればきっと星になるのだろうとぼんやり思った。(それを結べば無数のものたちは星座という秩序に入れられる)
(ああ、なんて美しいんだろう)


0、僕と彼女の間にほんの少しも距離がないことを表す数字。
そこには数えきれないほどの愛しさや、言葉にできないほどの大切なものが隠れている。


0を見つけた僕に、彼は6をはじめとする他の愛すべき無数の数字たちとともに微笑んでいた。



0になった距離、
重なる手、
君がしたまばたき、

そして








君に落とした
1つのキス


(導き出されたのはふたりの気持ち)


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