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□競奏
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臨也以外の三人は、臨也の歌によって呻いていた。
皆一様に汗をかき、時々身を捩る。
一見辛そうに見えるが、当の本人達は元来の辛さとはまた違ったツラさを味わっていた。

「君の心は僕の二倍、僕の小指は君の二倍。一つ判ってて欲しいのは、愛されたい気持ちは君の五倍―。」

下手な訳ではない。
ヘタをすれば歌手にだってなれる程の技量が有るだろう。


彼らの苦悶の原因は、『快楽』のソレ。
まぁ要するに、今彼らは臨也に欲情しているのだ。

「ぉい…なんだよ、コレっ…。」
必死に自分を抑えながら問いかける静雄。
「ぅん…、それがさ、臨也の歌う時の声って、特殊な周波数が…出るらしくて…。」
「なっ…!!」
「…摧淫効果が…あるらしい…。」「「!?」」
二人とも、信じられないと言う顔つきだ。
それもそうだろう。事実、何万分の一の確率でしかそんな声帯を有する人物は生まれてこないのだから。
しかし、それでこの状況にも納得できる。
「ふっ…ぅ…。」
「は…っ。」
「っ…く…。」
多分、この三人の頭の中は全員ほぼ同じ考えで埋め尽くされているだろう。

『臨也を犯したい』
ただそれだけの、単純な思考。
しかし、それを行動に移してしまわぬように堪える事は容易では無かった。



新羅は過去に一度、臨也の歌を聞いた事があった。
中学の時、いつも音楽の授業をサボる臨也を不思議に思い、こっそり後をつけたことがある。
着いた先は、学校の裏名所とされる桜の樹の下で、そこに腰を下ろすと臨也はふと歌を口ずさんだのだ。
本当に些細な音色しか聞こえなかった。にも関わらず、新羅はいつの間にか臨也を押し倒していたのだ。臨也に殴られ、なんとか理性は持ち直したものの、本人には内緒で後に一人トイレに籠るという、いろんな意味でイタイ思い出がある。
ソレ以来、臨也の歌を聞くのは極力避けてきた。
自分には愛する人がいるし、何より臨也の事もまた別の意味で好きなのだ。
この関係を無意味に壊したくは無かった。

(この状況下で先ず第一にしなきゃならないことは…。)

そうして新羅は―。
「ごめん僕もう限界っっ!!」
そう言って部屋を飛び出した。

新羅が飛び出してすぐ、門田は臨也に歩み寄る。
目を丸くしている臨也の腕を引き、自分の腕の中に納めた。
「??」
「っ!?」
驚いたのは本人だけではなく静雄も同じで―。
門田は何かを囁いて臨也から離れ、全速力で部屋を出ていった。

呆気ない二人の退場。
部屋に残されたのは臨也と静雄だけだった。
「はぁ…。」
溜め息をついてマイクをテーブルに置く。
先程から身動き一つとらない静雄に向き直り、「わかったろ?」と一言。
それ以降臨也は自分から口を開かなかった。
「つーか、この状況はいつまで続くんだよ。」
極力おさえた声音で問い掛ける。別に無視を決め込むつもりではないらしい。
数瞬考えた後、臨也は口を開いた。
「どうだろうね。中学の時は大体一時間したら治まっていたけど、この状況を見ると、あの頃よりも効力が強くなっているようだし。」
どういう事だろうか。
意味が咀嚼出来ずにいると、それを察したらしい臨也が簡単に説明してくれた。
曰く、かつては二曲は持ちこたえられる程の効力だったらしい。
しかし今日歌ってみれば、その頃よりも効力が強くなっているようだ。
「年々強くなってるのかもね。」
その言葉を聞いた瞬間、静雄は直感的に違うと思った。

歌っている時に働くのは聴覚だけではない。歌っている奴に視線を寄越してる訳だから、視覚だって必要なわけで…
一人悶々と考えていると、臨也は喉が渇いたのかテーブルの上のコップに手を伸ばしていた。
それを視界の端で捉えながら思考を巡らす。臨也がジュースを口に寄せるのを見つつ、更に深みに入ろうとしていた時、ふいに臨也がジュースを飲む姿で思考回路が停止した。
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