long
□雨雨降れ降れ
1ページ/1ページ
6時間目。
授業は残り5分を切った。分厚い雲に覆われた空は、今にも雨が降りそうである。急いで帰れば多分大丈夫だろう、と思ったのは非常に浅はかだったと私はその10分後、思い知る事になる。
先生に呼び出された私は学習室に行った。何故か南沢もいるんだけど、何だ?私なんかやらかした?
恐る恐る学習室のドアを開けて、私と南沢は学習室に入った。
「先生ー、来ましたけど…」
「お、みょうじに南沢。突然悪いな。今日確かお前ら日直だっただろ?
」
「そうですけど…」
「悪いんだけどな、このプリントを人数分纏めてホッチキスで止めて欲しいんだ。終ったら帰っていいから。じゃ、よろしく頼むな」
止める暇もなく、先生は言いたいことだけ言うと学習室を出て行った。早ぇ。
最悪だ。何が最悪かって、この作業で帰るのが遅くなることと、今日は傘を持ってきてないという事だ。雨が降ったらどうしてくれる。
「じゃあ、さっさとやっちゃおーぜ」
「…そうだね」
とりあえずこれが終わらない事には帰れない。諦めよう。
私は南沢からホッチキスを渡されて、プリントの束の近くの席に座った。南沢は私の目の前に座る。
プリントは大量の山になっていて、いつ終わるのか、というか帰れるのか?
黙々と作業をやっていると、南沢が口を開いた。
「みょうじさ、」
「何?」
「美人だよな」
「…はぁ?」
…何を言ってるんだろうか、この男は。いきなり口を開いたと思ったら、美人だよなって…訳わからん。
すると、南沢は顔を上げて私を見て笑った。おい。
「ぶっ、何その顔」
どうやら私はかなり渋い顔をしていたらしい。にしても、失礼だ。
「美人が台無しだぜ?」
成る程。こうやって彼は色んな女の子をたぶらかしてるのか。恐ろしいな。
「おい、そんな冷たい目で俺を見るなよ」
「え?冷たい目で見てた?ごめん、無意識だ」
「何気に刺さるからやめろ」
薄ら笑いで言ったらそう突っ込まれた。勿論、別に南沢が嫌いとかじゃない。…多分。
一見会話ばっかしてるようにみえるけど、大量のプリントの山は順調に少なくなってきた。外を見ると、まだ雨は降っていなかった。
南沢が私にまた話しかける。お互い作業に集中してるので、目線は手元にいっていた。
「みょうじって本当、面白いな」
「…前にも言ってたね、そんなこと」
「変わってるし」
「そういう南沢も変わってると思うよ、内申厨」
「意外と毒舌だし」
「こういう性格なんで」
「全然照れないし」
「悪かったな」
何だこいつ。ケンカ売ってんのか。自分が変わってるのも、毒舌なのも、感情が表情に出ないことぐらい、知ってるよ。
「でも、」
南沢が一呼吸おいて言う。
「嫌いじゃない」
少し驚いて思わず顔を上げた。南沢は顔を上げて私を見ていたようで、その視線とぶつかってしまった。
「…南沢も、変わってるし、意味わかんないこと言うし、色気出しまくりだけど、」
でも、
「嫌いじゃないよ」
私がそういうと、南沢は楽しそうに微笑った。
「って、なんだよ。色気出しまくりって」
「え、自覚ないの?うわぁ…」
「だからその目やめろって」
そのやり取りが面白くて、小さく笑った。笑って話してるうちに、全てのプリントを纏め終えた。外を見ると、悲しい事に雨が降っていた。玄関まで来たのはいいものの、生憎傘というものは持っていない。
「…何?みょうじ傘忘れたの?」
「…残念ながら」
「相合傘でよければいれてやってもいいけど」
「いいとも」
「…やっぱりみょうじ面白いな」
「褒め言葉として受け取っておく」
苦笑する私に、南沢は傘を開いてスペースを空けてくれる。私はその隣に入り歩き出した。
今まで全く知らなかったけど、南沢と私の家は結構近くにあるらしい。南沢が家まで送ってくれると言うので、お言葉に甘える事にした。
「これ、南沢のファンに見られたら私刺されるね。あ、でも南沢が一番に刺されるか」
「何気に失礼だな」
「大丈夫。亡骸は拾ってあげよう」
「助けろ」
気が向いたら、なんて答えてみる。肩が触れ合うくらい近くにいて、少し緊張していたのがだんだん解けてきた。一応、顔には出さないけど。暫く歩くと、うちに着いた。何だか時間が短かったような、そんな気がした。
「ありがとう。助かった」
「どう致しまして」
玄関の屋根があるところで会話する。まさか本当に送ってくれるとは。
「南沢って案外優しいんだね。意外」
「俺はみょうじの中でどんだけ酷い奴なんだよ。…まぁ俺も、誰でも入れる訳じゃないけど」
「…は」
「じゃあな」
南沢はそれだけ言うと帰っていった。誰でも、って…そりゃそうだ。南沢の姿が見えなくなったところで、私は家の中に入った。
「ただいま」
幾ら言っても返される事のない言葉を言い、私は小さく溜息を吐く。
雨音だけが家に響いていた。
雨雨降れ降れ
(母さんはいつまで経ってもやってくることはない)
_