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□生ぬるい風が包み込む
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忙しかった一週間も終わり日曜日も昼を過ぎた頃、ソファーにゴロンと寝そべり暇だなとふと思う。宿題は昨日終わらせてしまったし、家事も全て終ってやる事がない。


「…散歩にでも行こうかな」


そう呟き、私は起き上がる。外は天気がいい。お出掛け日和だ。
出掛ける準備をして靴を履き、外に出た。日差しは暑いが、涼しい風が吹き抜ける。うん、風が気持ちいい。
私は何処に行こうか少し迷って、近くにある図書館に行く事にした。


図書館に着くと、程よいくらいの冷房が効いていた。多少の会話は聞こえるものの、静かなこの空気が割りと好きだったりする。
たまには一風変わった内容の本を探してみよう。
幾つか気になった本をとり、何処か座れないかと席を探した。


「あ、みょうじ」

「え?」


最近では聞き慣れた声が私を呼んだ。声の主を見ると、やはり南沢だった。何だ、何か縁でもあるのだろうか。呪いという名の。
南沢は円のテーブルに座っていて、同じテーブルにはどうやら彼の知り合いらしき男子三人が座っていた。勉強道具を広げていることから、どうやら勉強会をしているようだ。


「ちょうど良かった。この三馬鹿トリオ、俺一人じゃ手に負えなくて」

「は?何が」

「ちょっと南沢さん、三馬鹿トリオってなんスか」

「お前らに決まってるだろうが」


何故か南沢に押されるまま、空いてる席に座らされた。なにこれ、どういう事?


「いや、こいつら部活の後輩なんだけどさ、もうすぐでテストあるだろ?で、勉強教えてたんだけど、俺一人じゃ手が足りない」

「成る程。それで手伝って欲しいと」

「そういうこと」


まぁ…暇だしいっか。それに貸りも返しておこう。


「…この間の傘の件、これでチャラね」

「いいぜ」


交渉成立。良かった。いつ迄も借りを返してないのが少し心残りだったから。
すると、眼鏡をかけた子が南沢に質問する。


「あの…、南沢先輩の知り合いですか?」

「クラスメイトのみょうじなまえ。で、左から倉間、速水に浜野だ」


お互い挨拶を交わして、私は倉間くんに数学を教えることになった。どうやらサッカー部の後輩らしい。えっと何だっけ…あ、そうそう、鬼太郎だ鬼太郎。失礼だけど、凄くそう思ってしまった。


「みょうじ先輩って、頭良いんですか?」

「こいつ、いつもTOP5入りだぞ」

「「「えっ?」」」

「…南沢何で知ってんの?」

「貼り出されてるだろ」


まぁ、そうだけど。一々人のなんか見ないし、興味もない。
でもそれを言うなら南沢も確か順位良かったような…。


「みょうじ先輩、ここわかんないんスけど」

「ん、ああそれは、xの式をyの式に代入してやるでしょ?んで、分配法則で、カッコを外してやるわけ」

「…ああ、なるほど。って事は…」

「そうそう。で、纏める」

「……出来た」


何だ、三馬鹿とか言ってたけど、そんな酷くない。


「おお、倉間すっげー!」

「みょうじ…、倉間にたった一回で理解させるとは…。よし、お前に全てを託した」


立ち上がろうとする南沢の腕をガシッと掴み、それを阻止する。馬鹿言うな。お前の後輩だろう?


「南沢、座ろうか」

「…はい」


にっこりと言うと、南沢の顔が青ざめた。素直過ぎて逆に気持ち悪いわ。
その後も倉間くんに数学を教えつつ、浜野くんと速水くんに少し教えた。途中途中、周りの視線がチラチラと此方に向いてるのに気付いた。恐らく南沢が原因だろうけど。あんたは何処まで女の人をたぶらかすつもりだ。
話していても思ったけど、皆なかなか個性が強い。まぁ、サッカー部自体が個性の塊のようなもんだけど。


「お、もうこんな時間か。そろそろ終わるか」

「終ったー」

「疲れました…」

「俺のほうが疲れた」


南沢の言葉に苦笑していると、倉間くんがお礼を言ってきた。


「みょうじ先輩、ありがとうございました」

「どう致しまして」


そう言うと、他の二人からもお礼がきた。良い後輩達じゃないですか。
私はそろそろ帰ろうと立ち上がり、挨拶を交わすと南沢が言う。


「俺みょうじを送ってくから。じゃあな」


別にいいんだけど。
思わずそう言いそうになったが一人で帰るよりはマシかと思い、その言葉をぐっと呑み込んだ。結構時間が経っていたみたいで、空は暗くなり始めていた。昼出たときより、涼しくなった風が頬を撫でる。


「南沢さぁ」

「ん?」

「今なんとなく思い出したんだけど、テストの順位、南沢もTOP5ぐらいじゃなかった?」

「へぇ…、覚えてたんだ?」

「記憶の端にね」


その含み笑い、正直やめて欲しい。色気五割増しくらいになってる。一応顔はいいからなぁ。


「なまえ、」


…何故いきなり名前呼び?


「…は?…ごめん、今何と?」


わざとらしくそう返すと、何を思ったか突然私の左腕を掴み、自分の方へグッと引き寄せた。倒れそうになったが南沢の体がそれを拒む。
南沢は耳元に顔を近づけ、今度はさっきより近く、はっきりと、囁いた。



「―なまえ」



電流が走ったような、そんな感覚が全身を襲った。思わずばっと身を引いて右耳を手で押さえる。なにあの吐息。反則だ。


「馬鹿。何もそんな近くで言えなんて言ってない」


冷静を装ってみたものの、多分顔は赤いと思う。
私は顔を南沢から背けて歩きだした。さっき引っ張られたところが熱を持ったかのように熱い。
すぐに南沢が隣にくる。


「悪い悪い。でも普通になら呼んでもいいよな?」

「…どうぞ、ご勝手に」


名前を呼ばれる事自体いやな訳ではないけど、何だか少しくすぐったくて、少し怖くなった。





生ぬるい風が包み込む



(何故か、いやな予感がした)





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