月の下は

□騒動の始まり
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土蜘蛛一族は代々、男系家族である。
母から生まれるのは大抵が男兄弟で、“女”が生まれる事は極稀だ。

そんな中。
千年に一度、生まれるかどうかさえ定かで無い“女”の蜘蛛は“姫”と呼ばれ、大層大切に扱われる。

何せ、女王蜂や女王蟻の様に、一族で最も稀少な、子孫繁栄に必要不可欠な存在であるからだ。

だから土蜘蛛一族にとって、“姫”は大切な“宝物”であるのだ。
それも、普段からこれでもかと猫可愛がる"末の妹"。


そんな“姫”が、ある日、突然いなくなったら。
さて、どうなるでしょうか。


「………えっと。
 今の土蜘蛛や女郎蜘蛛みたいに、…半狂乱に、なる?」
「 大 正 解 」

妖怪ウォッチを左の手首に着けた少年は。

目の前で頭を抱える大ガマを、気の毒そうにして見ていた。



時を遡ること、ほんの数十分前。

この夏。奇しくも妖怪対立勢力である元祖軍と本家軍の仲の仲介、引いては人間界と妖魔界、両方を友達妖怪と共に救った少年。
天野景太は、まだまだ長い夏休みを目の前に有意義な時間を過ごそうと。
自らを妖怪執事と自称する幽霊のような白い妖怪、ウィスパーと、猫の地縛霊であるジバニャンと共にアイスバーをかじりながら、自室でのんびりしていた。

そこへ、景太が何もしていないにも関わらず突然、友達妖怪を召喚する際に発現する光の紋様が溢れ、ぼふんっと煙が部屋の中に現れたのだ。

げほごほと三人が煙りのけむたさに堪らず咳き込んでいると、ケータッ、と切羽詰まった様子の声。
あれ、この声は。と景太が存在の確認も出来ぬままに。
白い煙が晴れる前に、景太の肩を掴んだのは、大ガマだった。

何故突然現れたのか。
訊ねようとした景太に有無を言わさず、「とにかく来てくれ」と大ガマに連れられて来たのは六十年前の世界で、それも本家ではなく元祖の屋敷。
大ガマは本家軍の大将だ。
いくら真打として仲直りしたとは言え、ついこの間まで対立していた側の屋敷にこうして入ってきて良いのかと、景太は懸念したが物申せる雰囲気ではない。

うちの主人を誘拐だなんて一体なんなんですかいきなり。
アイスバーを途中で落っことしちゃったニャン。

控えめながら、割りと直球に文句を言っていたウィスパーとジバニャンと、未だ困惑したままの景太は。


「女郎蜘蛛ーッ!姫は、姫はまだ見付からんのかァーッ!?」
「土蜘蛛殿落ち着いて…」
「捜してるわよー!!捜してるのに見付からないのよーッバカヤローッ!!!」」
「女郎蜘蛛殿も…」
「こうしてはおれん、吾輩も捜しに出るッ!」
「大将、あの…」


目の前に広がる惨劇に、思わず唖然とするしかなかった。

阿鼻叫喚。
とは、きっと正にこの事だ。
景太は、国語の宿題である四字熟語の課題の一つを思い出して、一人納得した。

とても威厳があり、常に沈着とした態度を崩さない土蜘蛛が。これほど取り乱して、声を荒げようとは。景太は見たことが無い。
土蜘蛛とはまた違った落ち着きさで、男性であるがいつも女性的な柔和さで景太と接してくれる女郎蜘蛛も、端々に時折男口調で、窘めようとする周りの妖怪達を退ける。

ただ事ではない。
小学五年生というまだまだ幼い景太であるが、それだけは瞬時に理解した。

そうして、現状の説明を請う景太に。
大ガマは、冒頭の説明をした。

つまり。

「土蜘蛛の“妹”が、どっか行っちゃったってわけ?」

こういうことだ。



 
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