月の下は

□狙われる
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「―…それで、えんらえんらが…」
「えんらえんら?」
「きれいなけむりの妖怪です!」

ああ、煙羅煙羅か、と青年は納得した。


お互いに手を繋いで、慣れないアスファルトの上を、青年と姫はふわふわと会話をしながら。端から見れば、何とも和やかな雰囲気を醸し出しながら歩いていた。

ひょこひょことさくらニュータウンの町並みを眺めながら歩いていく二人は、いつの間にか随分と親しくなっていた。

「ええっと、では、つぎはあっちにいきましょう!」
「そうだね。……でも、本当にいいのかい?」
「ふえ?」
「汽車とやらに乗れば、姫は、ケマモト?という所へ帰れるのだろう?」
「……たぶん」

そう。姫は、今いるこの街が、依然訪れたことがある桜町だということが何と無く分かる事が出来た。
町並みが変わりすぎているが、暫く来ない内にとても発展したのだろう、ということで姫は片付けた。そんな直ぐに、町は六十年分発展しない。と、ツッコミを入れられるような妖怪は残念ながらこの場にはいない。

まあ、内容は当たらずも遠からず。
確かにここは、元桜町。
電車を乗り継げば、元いたケマモト村まで帰れるだろう。(六十年前と違い、電車のややこしさを加味しなければ。だが。)

とまあ、何と無くだが帰られる手段を見付けた姫だ。
なら何故駅を目指さず、未ださくらニュータウンを彷徨いているのかといえば、それは青年の存在にある。

青年は姫以上の重症迷子だ。
何せ記憶すら無いのだから。

姫は聞いたことがある。
一度亡くなり、妖怪へと変化した者は、生前の記憶が曖昧になり、重度の場合は丸々忘れてしまう事も少なくないという。
この青年も、きっとその状態なのだ。
まだ完全に妖怪へと変化しているわけではないが、その手前まで来ているのだろう。

それに、このさくらニュータウンにいたからには、何かしらこの辺りに彼の記憶に繋がる手掛かりがあるかもしれない、と言って、青年と共に街を探索し続けているのだ。

そのことに気を使っているらしい青年は、心苦しげな表情を見せた。
だが姫はにぱっと笑い、首を横に降る。

「どっちにしろ、きしゃにのるおかねをひめはもっていないです。だからのれません」
「…そうか。…すまないね」
「あ、あやまらないでください!それに、ひめはうれしいのです!」

嬉しい?
姫は、青年と繋いだ左手を景気良く振りながら歩を進める。

「ひめは、あなたのおかげでちっともこころぼそくないのです」

自分が、何故ここにいるのか分からない。
不安ばかりであったが。青年に出会うことで、何も怖いものはなくなった。

「なので、あなたのきおくをとりもどすおてつだいをするのは、なんにもくではありません」
「……偉いなあ、姫は」

褒められたことが嬉しかったのか、姫は堪らずといった様子でにへら、と笑う。

多少金子があれば、汽車とやらにどころか、甘味の一つでも買ってやれるのになあ。

ふう、と青年は肩を落とす。
否、そういえば自分は、既に幽霊となった身。
店主に姿が見えなければ、団子の一つも買えないな、と察して余計に落ち込む。

どうにも自分は情けないばかりだ。
自分よりも幼い姫の方が余程しっかりしている。

早くに記憶を取り戻して、気兼ねなく姫を元の場所に連れて行ってやらねば。

青年はそんな使命を自らに負わせ、よし、と意気込み空を仰いだ。

「………ん?」
「ほえ?」

空を見上げた青年につられ、姫は丸い瞳をひょとりと呆けさせて同じく、空を仰ぐ。

なにをみているのだろうか。
生憎、姫には青年が何を見ているのかが分からず、うん?と倦ねいた。

何を見ているのか、と訊ねようと姫が青年に向き直ろうとした時。

「―…ッ!」

青年は有無を言わさず姫を抱え、バッとその場から飛び退いた。

同時に。
今まで二人がいたそこに、まるで小さな隕石でも落下したかのようなクレーターが、轟音と共に穿たれた。

ひっ、と姫は息を飲む。

姫を抱えた青年は、尚も空を見上げていた。
姫も空を見上げた。
今度は彼女の目にもしっかり映った。


「嫌だな、邪魔しないでおくれな。折角あの土蜘蛛から引き離せたというに」


電柱の上で、ううん、と気怠げに頬杖をついているのは、白い狩衣を着た男だった。


 
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