エルの夢

□少年の名前
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ヒイラギの部屋は、最初、少年が寝ていた部屋の、隣だそうです。
少年は階段を上がって二階に来ました。

手前から二番目のドアの前に立ち、三回ノックしました。
返事がありません。もう一度ノックしようと思いましたので、手を掲げた時、また小鳥の囀ずりがしました。

「だれ」

本当に声が小さいので、最初は聞こえませんでした。少年は思わず、咄嗟に口を開きました。

「あ、あの。おれ、…ふさ、………?」

ふさ、ふさ?
並べて読むと柔らかそうです。
否、そんなことを言いたいわけではありません。

少年は名乗ろうとしました。
ですが当然、少年は名前を覚えていません。なので名乗れないのです。

ですが今、咄嗟に何かを言いかけました。

「………。ふさ?」
「……えっと、」
「………フサくん?」
「……フサ、かな」
「じゃあ、ぼくは?」

へ、と少年はきょとりとした。
何故ここで、彼は名前を?
だって。

「ヒイラギくん、だよね」

彼には元々、名前があるのだし。少年に、わざわざ訊ねる必要など、無いのです。

ですが、もしかしたら。訊ねるくらいですから、間違えていたのかもしれません。
不安になっていた少年ですが。
暫くして、きい、とドアが開きました。

そうしてまた、あの緑色の目が見えました。
ドアの縁を掴んだまま、ヒイラギは少年を伺い見ています。

「フサくん」
「う、うん。さっきぶりだね、ヒイラギくん」

すっかりフサくんで定着しています。
特に何か名前に頓着していたわけではありませんし、咄嗟に口に出たものだったので、もしかしたら無意識に本当の名前を名乗ったのかもしれません。

なので、別にフサくんで構わないかな、と思いました。

「あの、ハギさんが。ヒイラギくんを呼んできてって」
「ふうん。そっか」
「う、うん」

ヒイラギは言うと、ドアを体の分だけ開けて廊下に出てきました。ヒイラギは小柄ですので、ドアの隙間はとても狭く、部屋の中はちらりとも見えませんでした。

「行こっか」
「う、うん」

ヒイラギは言い置いて先に階段へ向かって行きます。
あ、と。少年も慌てて追いかけました。


 
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