小話

□最期の采配
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「…来たか」

安芸、郡山城の一室にてこの城の主が呟いた。
矢文の内容からの予測通り、外からは蹄の音が近付いてきている気配がした。

「急ぎ、配置につくよう兵等に伝えよ」

「はっ…!」

彼が側にひかえていた家臣に指示を出すと瞬く間に布陣が整っていった。




戦況は両者とも退けぬ逼迫したものとなっていた。
兵の顔色にも焦りが見える。


如何致しましょうっ

流石豊臣に名高き軍師、手強い…

そう兵達が騒ぎ立てる中、スッ…と元就は立ち上がり、口を開いた

「我が出る。」

「…!殿、自らが…?」

「竹中相手ではぬしらだけでは埒が明かぬ。」

この状況で余りにも危険だと場が騒然とするが、元就は少しもそれに澱まず応えると戦場へと進んでいった。

「いざ、出陣……」




「…唐突に不躾な運びだな、竹中。」

「…!元就君…ふ、君自らがお出迎えとはね…向かう手間が省けたけれど、一体どういう風の吹き回しだい…?」

まだ本陣近くには遠いというのに現れたこの城の城主に味方は大いにざわめき、豊臣の軍師、竹中半兵衛は些か驚きながらも問いかけた。

「知れたこと…。貴様だからこそ我自ら相手をしてやろう…有り難く思え。」

竹中、貴様の命も後僅かなのであろう…ならば、最期に見届けてやる。
…これは、賭けだ。

「それは、光栄だね…では此方も、本気で行くよ」

互いに目を合わせ、不敵に笑むと半兵衛の間接剣が鞭の様にしなり、元就を襲うがそれをかわし、今度は輪刀が分離し多方向から刃先が半兵衛を掠める。
寄り、時に離れて相手の気を感じ取りながらの知性派故の戦い。

「中々やるな…」

「君もね…げはっごほ…でもこれで終わりだよ…!
《闇に包まれて…!》」

「臨むところぞ。
《参の星よ、三の紋よ…!!》」

互いに奥義を放ち、ぶつかり合うがその時できたほんの微かな隙をついた半兵衛の刀が元就の胸を貫き、目を見開きながら元就はその場に倒れた。

「が、は…」

「元就様っ!」

部下達の悲痛な声が響く中、元就は半兵衛を見上げた。

「僕の勝ち、だね…元就、君…」

「竹、中……」
 
自身も殆ど満身創痍になりながらもそう半兵衛が言うと、元就は息苦しげに半兵衛の名を呼んだ。
半兵衛はしゃがみ込み、横たわる元就の側に寄る。


「…何だい? 何か言い残したいことでも…ー」

「賭けは、貴様の…勝ち、よ…」

「……?」

「貴様の、その身……もう長くは、ないので、あろう…?」

「…!?どうして…」

「見ておれば、分かる…は…っ。」

隠し通せていた筈が、信じられないという面持ちの半兵衛に苦しげながらも不敵に微笑み、元就は言った。

「だが、貴様は…まだ死んでは、ならぬ……貴様、はっ…この様な所で終わる器ではある、まい……故、我の…はぁ、はぁ…持つものを、全て
、貴様にくれてやる…」

どういうことだ、と聞こうとした半兵衛であったが、口にあたる温かな感触に驚き、目を見開いた。
たじろぐがそれを封じる様に首に回された両手で固定され、気付くと体の中心から暖かく、力が注ぎ込まれている様な感覚がしてきた。
それらが身体中を満たしていくと崩れ落ちる様に首に回っていた彼の手の力が抜け、地面に落ちそうになった彼を思わず両手で支えていた。

「今、貴様に…渡したのは、我の残りの命と、これまでの…年月、だ… どう、だ………少し、楽か……?」

彼を見ると先程よりも少しやつれた様ではっとして先程の熱の正体を悟った。

「君はっ……どうして…?」

「さぁ、な…」

「敵将の、しかも君を討ち取った僕にどうしてこんなことを…」

「貴様故、だ……がはっ…くっ…この我が身は…好きにするがよい。ただ、一つだけ、頼みが、ある……」

「何、だい……?」

「毛利軍の、兵と息子等を……頼、む……我が居らぬと、明日から、こやつらの居る場が、ない……っ」

「元就、君…」

「「元就様!」」

予期せぬ言葉に半兵衛は呆然とし兵達も驚きを隠せなかった。

しかし元就は兵達の方を見ると
「貴様等も…、我の、ことは…構わぬ。豊臣に…つくが良い。

…隆元」

「はいっ」

「今より…此処の当主は、貴様に譲る……っ

皆の者、これまで……よく、ついて来て、くれた…すまない、な……」

それだけ言うと元就の目は閉じ、半兵衛の腕の中で彼の身体から力が抜けたのが分かった。

「元就君……?ねぇ、元就君っ……!」

自分が手にかけてしまった。
けれど彼は、自分の思っていたよりも遥か先を見ていて、自分のことをこんなにも想ってくれていたのだと、家臣を、息子達をこんなにも慮っていた人だったのだと、知らなかった。
氷の面など、彼の表面的な意地でしかなかったのだ。それを分かりきれなかったこと、それにこんな形でなければ殺さずに済んだのではないかと思うと悔いが残り、やるせない思いだった。

彼の息子、隆元君に、彼はああ言ったけど自分は仇でその仇を討ちたくはないのかと問うた。
その時、隆元君は苦しげに、だけれども微笑んでこう言ったのだ。
「父上は、生前もよく竹中殿のことを話していらっしゃいました。
あやつは凄い。只者ではない故用心せよと。……けれど、あやつほど頼れる者も居ない。
我に何かあらば、竹中を頼れ、と」
心の臓を射抜かれた様な衝撃だった

けれど、その時誓った。
彼の最期の思いを、無駄にしない、と。

「…元就君、分かったよ。確かに君の思い、受けとったよ。これからもずっと、継いでいく。」

彼の身を背負い、毛利軍の彼らと大阪に帰りながら改めて決めた。

それから、半兵衛はまだ年若い毛利家の当主の指南役になり、毛利家は豊臣の中で共に歩んでいくこととなる…ー







「此処、は…?」
元就が目を覚ますと見たことのない縁側に居た。

「もう、元就様は… やっぱり最後まで読めないお人なんですからっ」

「…!美伊…!?」

もう会えないと思っていた妻の声に驚き、後ろを振り向くと、そこには悪戯っぽく微笑みながら廊下からひょっこりと顔を出している妻がいた。

「どうして…」

「元就様も、此方に来てしまったからですよぅ」

ぱたたっ、と近寄りそう言う妻の言葉に今しがたのことを思い出した。

「そう、か…。ふ…本当にあったのだな。あの世とは」
可笑しそうに笑う元就に美伊も笑う。

「そうですよっ。美伊は、ずっと此処から見ておりました…あの日からずっと、元就様の働きを」

「あぁ…」

嬉しいのか照れくさいのか、そしてその中に微かな痛みも混じっていた。

「ふふ、でも…まさかあんな手に出られてしまうとは…余程竹中殿に目をかけておられたので?」

「ふんっ…あれは、賭けだったのだ。我を倒す力あらば、奴に命運を託しても悔いはない…。それに我は…」

「?」

「…何故かあの男を、死なせるには惜しいと思ったのだ。」

「ふふ、やはり余程、元就殿は竹中殿のことがお好きなのですね」

「…!す、杉殿…!?」

照れくさげに呟いた元就の言葉に被せるようにくすくすと笑いながら言われた声に隣を振り向くといつの間にやらそこには義母の杉の姿があり、大層驚かせられた。

「まぁ、そんなに御執心など、 妬けますね」

「なっ…!そんなものではないっ…!!」

冗談めかしてそう美伊に言われ、むきになり言い返す元就に微笑みながら茶化す杉が居て。そこはいつぞやの毛利家の様であった。

あの秘技は死せる間際にしか使えぬ技…、しかし貴様に使って悔いはない。これからのこと、貴様に託したぞ…竹中。

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