いただきもの小説

Marsh Mallow
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「昴さん?」


少しクセのあるロングヘアを揺らして、理都がひょこんとキッチンに顔を出す。

6月も終盤、窓から眩しい光が差し込む。

夏は、すぐそこ。


「何作ってるんですか?」


エプロンを着けた俺にてこてこと近寄って、ふわふわの笑顔で俺を見上げる理都。



やべぇ、可愛い…



こんな些細な仕草が愛しいだなんて、理都に出会う前の俺は知る筈もなくて。

こんなに理都に惚れ込んでいる、自分自身に苦笑した。


「これ、メレンゲですよね?」


俺の手元を覗きこんで理都が問う。

銀色のボールの中には、白く泡立てられた卵白。

「へぇ、理都もそれくらいは分かるようになったか」


「はい!」


褒めてやると、嬉しそうに顔を綻ばせた。

…ったく、いちいち可愛いな。

だらしなく緩む顔を隠すために、俺は意地悪な質問をする。


「何を作ってるか、当ててみろよ」


「えーっと…。マカロン?」





マカロン、だと…?





そう言えばハート型の美味しいマカロンを食べたって喜んでいたか…

マカロンはまた今度、作ってやる。



…クマの形で。



「不正解」


「えっ?じゃあ、なんですか?」


「ブロッコリーの卵白炒め、椎茸入り」


「えええっ!?」


相変わらずコイツはからかい甲斐がある。

予想通り過ぎる反応を見せる理都に、また俺の口元は緩んだ。


「何?俺が作ったのが食べられねーってわけ?」


「…昴さんのイジワル」


「くくっ。冗談だ」


くしゃくしゃ、と、ダークブラウンの髪をかき混ぜる。

理都はぷぅっと頬を膨らまして拗ねて、上目遣いで俺を睨んだ。


「マシュマロだ」


「マシュマロ?」


正解を教えてやると、理都は意外そうに繰り返した。


「ああ、イタリアンメレンゲを作るところまではマカロンと一緒だが、今日はマシュマロだ」


「いたりあんめれんげ…」


「いいか?イタリアンメレンゲは温度を117度に…」


「ちょ、昴さん…」


ホイップを続ける俺を、理都がきょとんと見上げる。

マシュマロだなんて素朴な菓子を俺が作るのが、不思議なんだろう。

…コレを作っている理由までは、今は教えてやらねー。


「Marsh Mallow」


「え?」


「マシュマロは、植物の名前だ」


「そうなんですか?」


「ああ。マシュマロはその根から取れるデンプンに卵白や砂糖を加え味付けし、攪拌して作られた薬用食品だったんだ。古代エジプトの王族は、マシュマロの根をすりつぶしてのど薬として使っていたらしい」


「へぇ…。昴さん、物知りですね」


「ま、今作ってるのは、ゼラチンで固めるけどな」


ウンチクを語りながらも、作業はソツなくこなす。


「マシュマロの和名は、薄紅立葵」


「…初めて聞きました」


「派手さはないが、清楚で可憐な花だ」


まるで誰かさん、みたいにな。

予め粉を振っておいたバットに流し込む。

表面を平らに均して、後は固まるのを待つだけ。


「さて、と…」


「きゃっ!」


傍らの理都をひょいっと抱き上げる。

急に宙に浮いて不安定な体勢に驚いた理都が、反射的に俺にしがみついた。


「ちょ、昴さんっ!?」


「俺はこっちの柔らかいのを楽しむとするか」


「ま、マシュマロは?」


「ん?固まるのに2時間くらいかかるからな、時間はたっぷりある」





薄紅立葵。

学名は、『癒す』と言う意味を持つギリシャ語の『アルト』に由来した、アルテア。



6月23日。

理都の、誕生花。



この俺を癒せるのは、この広い世界にただ一人。

理都、お前だけだ。





「お前に拒否権はねーよ」


じたばたと暴れる理都をがっちりホールドするけれど。


「…もん」


「?」


「昴さんだから、拒否なんてしないもん…」


消え入りそうに小さく呟きながら、理都がぎゅっと、俺に抱きついた。







ホントに、コイツには敵わねー







とめどない幸せに浸りながら、降参の白旗を上げる。









Happy birthday、理都。





マシュマロよりもふわふわで甘い幸せを、お前に。





Wishing you a very special birthday!





*END*


→管理人より


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