『風に吹かれた者達』

□卯月
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 俺は今、近くの公園に来ている。

 子供達が元気に走り回り、親達がベンチに座ってその様子を眺めている。
 そして俺は、大きな桜の木の下に座ってその全貌を眺めている。

 春はやはり風が心地いい。風が一吹きする度に桜の枝が揺れ、花びらが舞う。



《だぁるまさんが こぉろんだ》

 昔はよく外で遊んだな……。二十年くらい前か。



………

「あっ、みてみて、ゆうちゃん!」
「うわあ、さくらがきれいだね!」

 一九八九年四月のある日曜日のこと。

 近所の子達と一緒に、近くの公園に行った。
 その中央には、大きな桜の木が立っている。丁度満開だった。

「ねえ、みんなで『だるまさんがころんだ』やろう!」

 もうすぐ、俺の七歳の誕生日だった。

「うん!」

 ケーキがとても楽しみで、待ち遠しかった。

「じゃあいくよ……さいしょはグー、じゃんけんぽん!」

 誕生日の三日前ぐらいから心が躍るようで、二日前になると、すべてが特別のことのように思えた。

「あいこでしょ!」

 だから、この日のことは、今でも覚えている。

「いくよー。だーるまさんがーこーろん」

 今日はいつもの五人で遊んでいた。
 優喜(ユウキ)と秋(シュウ)と亜紀那(アキナ)と鈴(レイ)と、俺。

「だっ!」

 みんな近所で、毎日のように一緒に遊んでいた。懐かしいなあ……。

「だーるまさんがーこーろんだっ」

 徐々に距離が縮まっていく。

 三回目のときだったかな。ふと俺は、横目でみんなの様子を伺った。
 そのとき、何かがおかしいと感じた。だが、原因はわからなかった。

 四回目。やはり何か違う。……まだわからなかった。

 五回目。秋がタッチして、みんな急いで走った。

 このときは逃げるのに必死で、出来る限り遠くに逃げた。

「ストップ!」

 俺は向き直り、一番遠くにいるとわかり安堵した。確か……秋と鈴が一番近かったかな。どっちが叩かれるのだろうかと眺めていた。
 そして、視線を動かし……

「!」

 気付いてしまった。

(あれ……?)

 そこには、亜紀那しかいないはずだった。なのに、近くに見たことのない男の子と女の子がやや離れて立っていた。
 不思議なことに、その二人は白黒テレビに映っているかのように色がなかった。

 まだ幼い俺は、深いことは考えずに、ただじっと彼らを見ていた。
 すると、彼らもこっちに気付いたようだ。俺たちはしばらくじっと見つめ合っていた。

 突然、二人の顔が笑った。
 だがその笑顔には子供の無邪気さがなく、 恐ろしいほどに無機質だった。

 ザアッ……

 嫌な風が、通り過ぎた。

「やられたー」
「あははっ」
「あーあ」

 皆の声に気付き視線を戻すと、どうやら秋がタッチされたらしい。


《子供たちは おうちに 帰りましょう》

「あ……もうかえらなきゃ」
「うん。じゃあまたあしたね」
「ばいばい!」

 町内放送が流れてすぐに帰らないと、親にあれこれ言われるためみんな忠実に守る。

 俺はさっきの二人が気になって、振り向いた。

「…………」

 だがそこには、もう二人の姿はなかった。

(なんだったんだろう?)

 そんな疑問を抱きつつ、俺は向き直って家まで走った。


………

 今思うと、どうして俺はこのとき「だれだったんだろう」ではなく「なんだったんだろう」と思ったのか。

 子供ながらに、いや、子供だからこそ、違和感を感じたのだろうか。
 今まで出遭ったものとは違う、人の形をした人でない他のものだと。

 大人になった今では、世の中のすべてが現実で、現実から離れたものを目にすると、極度に拒む。
「きっと疲れているんだ」「これは夢だ」で片付けようとする。

 だが、まだ小さな子供は、信じられないことは同じでも拒みはせずに、次に起こるだろう出来事をじっと待っている。ただじっと、見ている。

 それは、目の前で起こっている現実から離れたものを、無意識に受け入れようとしているのではないか?
 もしそうなら、どうしてその感覚を忘れてしまったのだろう。



「だぁるまさんがーこぉろんだ」

 突然、お馴染みのフレーズが聞こえた。

「!」

 思わず声のした方を見ると、何人かの子供達が遊んでいた。

 あの日、五人で『達磨さんが転んだ』をやった、この桜の木の下で。

 何回目か、女の子がタッチして、みんな一生懸命に走り、ストップがかかった。
 ここから見た感じだと、三人がいい勝負だな。

 男の子が一歩、また一歩と近づいていく。
 その行く末を見守っていた俺は、また、気付いてしまった。

 あの白黒の二人が、あの日と同じ姿で立っていた。

「…………」

 子供達は気付いていないようだ……いや、みえていない。

 俺は、二人をじっと見た。全く微動だにせず、子供たちからやや離れて立っている。

「!」

 二人が、俺に気付いたようだ。真っ直ぐこっちを見ている。そして……

 笑った。
 子供らしさの全くない、無機質な笑顔で。


 ザアッ……

 何かを持っていかれそうな、妙な風が通り過ぎた。
 辺りに桜の花びらが舞い、公園を薄桃色に染める。




【卯月】終

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