一周年記念

□God bless you!
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□God bless you!□





かな




すっかり残業で遅くなってしまった。腕時計を見ればもうすぐ10時を回る。
焦る気持ちを乗せ、電車は最寄駅のホームに滑り込む。
閉店ギリギリのスーパーに飛び込み、残り物の惣菜をとりあえずゲットし、レジへ向かう。愛想のない学生バイトが、のろのろとバーコードリーダーを潜らせるのにイライラして怒鳴りつけそうになるが、ぐっと我慢。レジ袋を引ったくるようにして店を出た。
メールで遅くなる旨を伝えたが、サスケはご飯をちゃんと食べただろうか?今日は俺が食事当番なのに、こんな時間まで帰れず可哀想なことをしてしまった。二人で住むアパートまで走れば10分。俺は疲れた体に鞭うち地面を蹴った。





築40年二階建てのボロいアパートの錆び付いた階段を、よろめく足取りで駆け上がる。奥の部屋から明かりが漏れていた。

「サスケ、ただいまー」
ゼイゼイと息を吐きながらドアを開けると、そこは手狭なキッチンで、風呂上がりのサスケが冷蔵庫から麦茶を出しているところだった。
「おかえり。走ってきたのか?汗だくだぜアンタ」
「ごめんね夕食当番だったのに」
「仕事だろ、気にすんな。もう若くないんだから無理すんなよ」
笑いながら湯上がりに肩にかけていたタオルで汗を拭いてくれる。それだけで疲れが吹っ飛ぶ気がした。





「夕飯まだなら惣菜買ってきたけど」
「冷蔵庫の野菜とウィンナーで適当にシチューつくって食った。温めてやるからあんたは風呂入ってこい」
「ありがとう。じゃあそうするよ」
小さなアパートの漬物桶みたいな湯槽に体を折り畳むようにして浸かる。それでも程よい湯加減に俺は「はあー」とおやじくさい声を響かせた。こんな小さな風呂では窮屈だし、部屋はボロいしこれまで何度か引っ越そうかとサスケにもちかけた事があったのだが、何故かサスケはこの安アパートを気に入り、引っ越す事を嫌がっていた。
狭い家でも待っていてくれる家族がいて、一日の最後に気持ちのよい風呂に入る、こういうのを幸せっていうのだろうな。
一人の生活を知っているから、今サスケと暮らすことが幸せなんだ。





俺とサスケは本当の家族ではない。
天涯孤独の身の上だった俺は、10年前両親と兄弟を亡くしたばかりのサスケを引き取ったのだ。
俺は母親の顔を知らない。俺を生んですぐに亡くなったらしい。
父親に育てられたが、病気がちだった父は中学に入る頃に亡くなった。
それからずっと一人で暮らしで・・・それでも父親がまとまった貯金を残してくれたので、何とか大学へも行く事もでき就職が決まっていた。

サスケに会ったのはその頃だ。
父親が昔世話になった人の葬儀だと出向いたそこに、サスケは唯一の遺族として座っていた。
悲しみを湛えた黒い瞳はそれでも力強く前を見つめ、背筋を伸ばし凛とした姿は参列者の心を打つものだった。
サスケの両親と兄は休日車で出掛け、山道のカーブを曲がりきれず谷底へ転落し3人とも亡くなったらしい。
友達の家に遊びに行っていたサスケだけが一人残されたのだ。
事故当時、サスケの父親の会社経営がおもわしくなく、多額の負債を抱えていた事などから心中が疑われたが、
現場にはブレーキ痕もあり、身寄りのない次男一人を残して死ぬとは思えないとの意見で事故として処理されたらしい。
残された子供は近しい親戚もいないことから施設に入る事になるだろう。
後ろの方で派手な化粧をしたオバサンが得意げに参列者に話しているのが聞こえてくる。
俺は拳を強く握りしめた。
この場所に沢山の人がいるのにあの子はひとりぼっちなんだ。
その姿が父親を見送ったあの日の自分と重なる。
泣かないのじゃない。泣けないのだ。
泣いていいのは甘えらえる家族の前だけ。なのにその家族はもういないのだから・・・
そう思った時、俺はもうサスケの前に立っていた。





突然目の前に現れた男に驚いたのか大きな目で見上げてくる。
頭で考えるより先に言葉が出ていた。
「よかったらさ。うちに来て一緒に暮らさない?」
回りに変に思われるだろうとかそんな事は考えもしなかった。
ただこの子の傍に居てやりたい、それだけだった。
何故だろう、俺はこの初めて会った小さな子供が俺を選んでくれるのを殆ど確信していた。不思議な事に・・・
きっと俺たちはうまくやれるよ。そんな気持ちで目の前に下される神聖な審判を待っていた。
小さなサスケの手が俺の指先をキュッと握ってくれるまでそんなに時間はかからなかったと思う。
それが返事だとわかっていた・・・




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