story

□someday, someone else,
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someday,
someone else,






いつものように部屋に誘って、当然のようにお互いの体を貪る。

言葉は要らない。これが現実逃避であることぐらい、確認しなくてもとうにわかってしまっている。


種の保存には決して結び付かないその行為を本能的に重ねるという馬鹿げた矛盾に目を瞑り、体を重ねるたびに、思うことがある。


「…お前が女やったら、よかったのになぁ。」


隣で、俺に背を向けて横になっている跡部の髪をなでながらつぶやいた。
彼が起きているということは、なんとなくわかっていた。


白い天井をぼんやりとながめつつ、その髪の柔らかさを指先で感じる。


「…残念だったな。」


俺に背を向けたまま、恐らく目を瞑ったままで跡部は答えた。


もし跡部が女だったら。
友達の前でも、家族の前でも、
堂々としていられるのに。
後ろめたい思いなんて一切しないで、神様の前で愛を誓うこともできるのに。



多分俺達は、最大の禁忌を犯してしまっている。




「…結婚しよか?」


不可能であることがわかりきっているから、ちゃんと冗談に聞こえるように言った。けれど。

一瞬でも本気でそう願ってしまっていた自分がいて、悲しかった。

天井の白は、痛いほど冷たい。


「…無理だな。女とは、いつかはしなきゃなんねーだろうけど。」


かわされることを想定していたのに跡部が真面目に答えたから、少し焦った。

だが跡部の家柄からいって、それは至極当然のことなのだろう。


「やっぱり、そうなんや。」


はは、と口元だけで笑ってしまう。


「…何が言いてぇんだよ?」


髪をなでる俺の手を払って、跡部はイラついた顔を俺に向けた。
さらり。
跡部のきれいな髪が流れるように動く。


「いや…お前の嫁さんになる人はやっぱりどっかの社長令嬢とかそういう子なんやろかなぁ思うて。」

「…フン。どうせただの政略結婚だろうよ。」

あー、うぜぇ。


そう呟いて跡部は両手で顔を覆った。




恐らくは、
彼のその白い皮膚の下に、
さらさら動く髪の一本一本に、
長くて綺麗な指の先に、
彼なりのとてつもない苦悩が絡みつくように存在しているんだろう。


そして俺にはきっと、俺なりの。


そこまで考えて、思った。
俺たちを隔てているものは、“現実”だ、と。

そう、思った。





「……もしもな、」


上半身だけおきあがって、訝しげに眉根を寄せる彼を真下に見据える。


「もしも跡部がいつか誰かと結婚することになってもな、」


“イツカ誰カト”のところで、彼がはっとしたのがわかった。


「式には俺、呼ばんといてな。」


俺を見る跡部のその目が、言葉の理由を問うているように見えた。


「俺そのときお前にどんな顔していいんかわからへんから。」


跡部は黙っている。

そのまつげは、うっすら湿っている。


「笑ったらいいんか怒ったらいいんか泣いたらいいんか、さっぱりわからへんわ。」


おどけて言ったつもりが案外感情的になってしまったけれど、一度言ってしまったものはもうどうしようもなく。

跡部はそのまま表情ひとつ変えることなく、こっちが恥ずかしくなるほど俺の顔をじっと見つめた。それから思い出したように彼特有の皮肉った笑顔を作ると、手の甲で俺の頬をピシャリと打って言った。


「言われなくてもお前なんか呼んでやらねーよ。」


口角を上げて嗤う彼。
希望通りの答えに安心した反面、矛盾だらけの現実に泣きそうになった。


目に見えない何かとてつもなく大きな壁に逆らって一つになりたいと願うたびに、見え隠れする疑い様のない事実。



「……なんでやろうな。今はこんなに近くにいるのにいつかは」

離れてしまうんやな。



そう言おうとしたとき、跡部が遮るように俺の口を塞いだ。


「キスしろ。」


そして真剣な表情で、俺に言う。


「いいからキスしろ」


そう言って、跡部は俺の顔を強引に引き寄せた。

そして、一瞬だけ、強く唇を重ねた。


「…跡部?」


舌打ちをして、顔をそむけた跡部が小さく言う。


「…考えんなよ。」

「…え?」

「だから、余計なこと考えるなっつったんだよ。」


イラついた様子で、ベッドから彼は起きあがる。


「どうせもっとずっと先の話だろうが。」


そして跡部は、机の上の、もうぬるくなっているはずのワインを一口で飲み干した。



ドウセモットズット先ノ話ダロウガ。



独り言のように彼が言い放ったその言葉が、哀しかった。


「……そやな。」


笑って返事をするのを、そのときほど難しいと思うことはなかった。





いつか、お互いとは違う人と一緒になるのがわかりきっていて

それでも少しでも長く一緒にいたいと願う僕らは

現実から目をそらして余計なことを極力考えずに生きているけれど、

それでもときどき気付いてしまう。

抱えた矛盾に。

見え隠れする、背徳の影に。




そしてその事実にすら頑なに目を瞑る僕らは、今夜も、必死になってお互いを心に焼きつけようとする。
それは神に背いた、とてもとても不器用な方法。







end

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