story

□神に愛された子供
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神に愛された子供







研究所を抜け出して、どれくらいの時間がたったのだろう。
わからない。
時間なんて気にしていられないくらい、走った。ただ走った。
俺と亜久津はただ、夜の森を、走って逃げた。





自由になりたい。

ただそれだけだった。

研究所を抜け出して、自由に。

それだけが、この無謀な脱走の理由だった。










研究所の中で、亜久津は少し変わった存在だった。
凄い力を持ってるくせに、何度大人たちに言われてもなかなかその力を実験に使おうとはしなかった。
ひたすら反抗し、その力を仲間にひけらかすこともせず、ただ、いつも、一人で居た。

俺はそんな亜久津を、好奇心と憧れと少しの恐ろしさの入り混じった気持ちで見ていた。






ある日俺は思い切って声をかけてみることにした。


「君、いつも一人で何してるの」

「…」


亜久津はちらりと俺を見、“うぜぇな”と眉根の動きひとつで俺にそう伝えるとそっぽを向いてしまった。


「どうしてここにいるの」

「…」

「どうして一人なの」

「…」

「名前何?おれ、千石」

「…」

「キヨって呼んでもいいけど」

「…」

「ねぇ、なんで喋らないの」

「…」

「もしかして、喋れないの」


俺のその問いに亜久津は俺をぎろりとにらんで言った。


「うるせーな」


それを聞いて俺はにっこり笑って答えた。


「あ、やっと喋ってくれた」



そのときの、亜久津の拍子抜けした顔が今でも忘れられない。


それから俺は果敢に亜久津に話しかけるようになり、そしていつのまにか、亜久津の隣に座ることを許されていたのだった。














ひたすら走っているうちに俺の脚はついにもつれ、その場にどさりと倒れこんでしまった。
ざりざりと頬にこすれる小石。
すぐそこで土と雑草の匂いがした。


目を瞑ってしまいそうになる。


そしたら前を走っていた亜久津がこっちに戻ってくる足音がして。
俺は乾きすぎた喉の奥に血の味を感じながら、音のするほうにかろうじて顔を向けた。

かすんだ目を必死に細めて彼を見る。

ぜぇぜぇと肩で息をしながら亜久津は俺を見、脳みそに直接“立て”と言ってきた。


“立て”

“絶対二人で逃げ切ってやるんだろーが”

“立てよ”




夜の闇。
虫の声。
木々のざわめき。




泣きそうになった。

俺を見る亜久津が、泣きそうな顔をしていたから。

俺は、泣きそうになった。




(わかったよ)



俺は立ち上がった。泣きそうなはずなのに、涙がすぐそこまで出かかっているのに、何故か、微笑みながら。



そしてまた、走り出した。
亜久津とともに。
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