story
□夕日
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「それじゃあ。」
いくつもの背の高いビルの窓ガラスに、夕日の光がきらきらと乱反射している。
いくつかのセリフを僕に残して去っていく彼の横顔は、オレンジ色に染まっている。
乾は約束をしない。
いつも「それじゃあ」で別れる。
僕は彼の背中に手を振る。
彼は見ていないのに。
それでも黙って手を振る。
(また明日)
ほとんど祈りに近いその言葉を、僕は言い出せない。
乾は束縛を嫌う。
多分世界中の人が彼を残して消えてしまったとしても、彼は話し相手を神に乞うような、そんなことは決して決してしないだろう。
そんな彼に、言えるはずも無い。
(また明日)
だから僕は、心の中だけで、彼に向かって喉から血が出そうになるくらい叫ぶ。
(また明日)
乾は人ごみに消えた。
彼のいない時間が、また始まる。
end