story

□OVER DOSE
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OVER DOSE










昨日から、不二の携帯はずっとつながらなかった。

何度かけてみても無機質な応答メッセージが流れるだけで。


なんとなくイヤな予感はしていた。


それに気付かないフリをしていた俺が、馬鹿だった。








不二の住むマンションに行った。

玄関の鍵は、開いていた。

靴を乱暴に脱ぎ捨て中に入った。

しかしリビングに一歩足を踏み入れたところで目に入ってきた光景に、俺は体を硬直させた。


部屋に明かりはついておらず、カーテンのしまっていない窓から月明かりがこうこうとさしていた。



そしてその青白い光の下で、不二は倒れていた。

標本にされた蝶のように、冷たい冷たい床の上にはりついていた。





声が出せなかった。動けなかった。



もう、死んでいそうで。














「…てづか?」


不二の首がかすかに動く。

一瞬体がこわばったけれど、でもすぐに駆け寄った。


「何粒飲んだ?!」


ぐったりとした上半身を抱き起こす。


「…にじゅ…さんじゅうくらい」


不二はうつろな顔をゆっくりと俺に向ける。

それは青白い光を受けて、何か陶器のようなものに見えた。


「…これぐらいじゃしねないから、あんしん して?」


そして救い様のないほど無垢な笑顔を作って、俺を見た。


いたたまれなかった。



「いつか本当に死んだらどうするんだ!」


肩を抱き寄せる。

その髪の毛までもが、何か造りもののように見えた。

不二はただうっすらと笑みを浮かべて、歌を口ずさみはじめる。


「おい!しっかりしろ!」


「…きこえてるから…おおごえださないで」


そしてまた、かすかな声で歌い出した。

何と言ってるかはわからない。

ただ旋律だけが、暗澹とした部屋に響いた。





―痛みを分け合うことすら、できないんだろうか。





華奢な肩をより強く抱く。

目の奥が熱くなる。


「もう…やめろ、こんなこと。」


不二はゆっくりと手をのばして、俺の頬にそっと添えた。


「…てづか、ないてるの?」


「…お前が死んだら、俺も死ぬからな。」


その手をとり、潰れるくらい強く握る。


「…うん。まってる。」




いつのまにか月は雲に隠れ、部屋は真っ暗になっていた。


俺達は闇の中で、ずっとずっと手を握りつづけた。







end

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