story

□雨とコーヒー
1ページ/1ページ








雨とコーヒー







しとしとと、雨の降る音がする。

カーテンを開けて真っ暗な外を見ようと思っても、窓には自分の姿が映るだけで。

こんな夜は部屋にまで雨の匂いが染み込んできそう。


「そう思わない?」


コーヒーを飲んでる手塚に聞く。


「何が。」


彼は空になったカップをテーブルに置いた。


「…なんでもない。」


時間や、記憶や、そういうものを全て共有できたらいいのに。





カーテンを閉め、彼の隣にすわる。

やわらかなソファが、少しきしんだ。

彼の綺麗な黒髪が、僕に触れてほしそうにしてる。

ゆっくり手をのばす。


「きれい。」


するすると、髪の一本一本が僕の指の間を通っていく。


「やめろ。」


鬱陶しそうに手塚が言い、立ちあがって2杯目のコーヒーを入れにいった。


「…いじわる。」





こぽこぽとコーヒーを注ぐ音をたてながら、むこうのほうから手塚が聞いてきた。


「飲むか?」

「いい。ブラックはきらいだから。」


君がいれるのはいつも格段に濃い。

毒々しくって真っ黒な…。






湯気の立つカップを持って彼が戻ってくる。


「よくそんなの飲むね。」

「俺は美味しいと思うが。」


ちょっとだけ、といって僕は手塚のコーヒーを少し飲んだ。


「…苦い。」

「わかってるんなら飲むな。」


そう言って彼は僕の手からカップを取りもどすと、無表情で一口飲んだ。


「雨 まだ降ってるね。」

「あぁ。」

「いつやむのかな。」

「さぁな。」


彼は雑誌を手にとる。



しばらくの間、沈黙が続いた。







「…ねぇ手塚。」

それを破ったのは僕。


「ん?」


彼は雑誌から目を離さない。


「小さい頃の話をして。」

「どうした。いきなり。」

「僕はね、よく泣いた。それも夜 布団の中でこっそり。」


手塚が僕の顔を見る。


「夜眠るのが怖くって。もしも明日の朝僕が目覚めたときに僕以外の人がいなくなってたらどうしようって。」


手塚は再び雑誌に目を落とす。それは多分かえす言葉が見つからないから。


「もしも明日家族が死んで、一人ぼっちになったらどうしようって。」


とにかく孤独が嫌いだったみたい、と付け足して、僕はしゃべるのをやめた。

過去形じゃない。

孤独が嫌いなのは今も同じだった。








しとしとと、雨の降る音がする。


コーヒーの匂いに混ざって雨の匂いが部屋に広がっていく。


時間や、記憶や、そういうものを全て共有できたらいいのに。


でもそれはやっぱり無理なことで


孤独を恐れる僕は


少しでも君のそばに居たいと思ってしまう。


今日みたいな 雨の夜は。









end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ