story

□arc
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しばらく電車に揺られたあと、一度も降りたことの無い駅で下車した。

人はほとんどいなかった。もう夕日が出ていた。まぶしかった。

俺は、俺の知らない、亜久津もきっと絶対に知らない町の知らない道をふらふら歩いてみた。知らない店の前で立ち止まり、知らない角を曲がってみりもした。歩く内に建物が無くなっていって、雑草と空き地と麦畑が広がっていった。黒い山に沈みかけた夕日がよく見えた。空の反対側では紺色の夜が始まっていた。

歩くうちにアスファルトの道はなくなり、けれど俺はそのまま麦畑の中をずんずん歩いていった。

たくさんの虫が際限無く鳴いていた。

吹く風を肌寒く感じた。

気がつくと空一面にたくさんの星が出ていた。

立ち尽くし、見上げた。

俺の優秀な目は、砂粒みたいなその星のひとつひとつの輝きすら正確に捉えた。


美しかった。

とても美しかった。


何億光年も前に発せられ、ようやく今届いたその光に、俺は素直に感動した。
そして、次の瞬間には泣きそうになった。

言い知れぬ切なさに。

ちらちらと輝く星を見て俺は、あぁきっと自分は星になりたいんだと思った。
亜久津に、一瞬でもいいから俺のことを見てほしいんだ、と。
俺という存在が無くなってからでもいい。

俺のことを、
好きになってほしいんだと。

そんな単純なことに、ようやく気づいた。





けれど俺は、当然だけれど星みたいに光を放てているわけなんてなかった。
輝けているわけなんてない。
亜久津に見てもらえているわけなんてない。

そして光を放てもしない自分は、星のように消滅することもできないのだろうと悟った。
俺が消えてしまっても、誰もそれに気づかない。
亜久津だったら、なおさらだ。
俺のことを、見ようとさえしないんだもの。

俺が消滅してもしなくても、世界は、何一つとして変わらない。


消えられるんじゃないか。消えることで、彼に少しでも届くんじゃないか。そんなことを考える自分はだたの子供だった。そうする資格すら、無かった。
ついてきなさいと言われて「行かない」と意地を張り、じゃあ留守番してなさいと言われ「連れて行って」と泣きじゃくるような、そんな子供だった。



答えは見つかった。
彼のまとう空気の膜を破る方法なんて、どこにも存在しえないのだ。

自分の、思いついたたったひとつの方法が意味の無いものだとわかった今、彼に無理やり触れることはもう無理なのだと知った。


選択肢は、もう“認める”ことしか残っていなかった。


彼には触れられない。でも仕方ない。膜越しにでもいい。彼と同じ孤独の、絶望のそばにそっと座っていたい。




星空を見上げて、仕方なく、俺は笑った。





帰ろう。





麦畑をかき分けて引き返し、知らない道を迷いながらなんとか駅までたどり着き、そして電車に乗ってもと来た道を帰った。

車内には誰もいない。
もう窓の外は真っ暗で、ただ子供じみた顔の、少し疲れた自分が四角い窓に映りこむだけだった。








ゴロワーズの匂いを嗅ぎたいと思った。彼がいつも吸っている、あの、匂いを。









end
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