book 3

□summer shower
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近所のおばさんに
着付けをしてもらったら
今日は特別な日かい?
と、きかれたから
なんだか恥ずかしくて
頷くしかできなかった


今日はたしかに特別な日

地元の夏祭りなのだ


私はわざわざ浴衣を着て
下駄を履いて、薄い化粧をした

今日は特別な日で
年に一度、彼に会える日



会場の近くまで
お母さんに車で乗せてもらった

浴衣の人が同じ方向を向いて歩いていた

みんな自分より綺麗だった


まだ薄明るい中、夏祭りは始まった

色んなにおいが混じり合う

唐揚げの重い油のにおい
法被を着たおじさんのお酒のにおい

あまりいいにおいではないが
夏祭りを感じさせるには十分だった



ステージから一番遠くの屋台で
毎年綿飴を売る人がいる

彼が私の想い人

今年もまた
綿飴一つ下さい
と、たったそれだけしか
言えない気がしてきた



爆音のスピーカーからは
おばあちゃん達による
遠い国の民族歌が流れている



今年の夏祭りはなんだか早かった

綿飴を買いに行くことすらできず
私はずっとベンチに座っていたのだ
携帯が鳴る

お母さんからのお迎えのメールに
わかった今から行くとだけ返し
私は立ち上がった


目の前に人がいた


私の想い人は
こう言った


「毎年綿飴買ってくれる子だよね
 今年は来ないから心配したよ
 俺ね、今日で最後だから
 会えてよかったよ
 これ、特別に大きい綿飴 じゃあね」



雨が降り始めた
綿飴が濡れて溶けてゆく


あぁたしか今日は雨が降るから
ってお母さん言ってたな



雨の中
私は綿飴のようには溶けなかった

でも目から何かが溶けだしていた

止まらない
止まるはずのない
甘い想いが溶けだしていた












summer shower
(甘いはずの苦いおもひで)

 
 

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