オリジナル

□霧田くんと私。
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いちばん後ろの席になった。

しかも、いちばん窓際の、いちばん太陽の光がさんさんと注ぐ席になった。

今は夏だから、教卓の前でタオル片手に授業を進める先生を横目に、時折吹く心地のよい、しかし温度が微妙に高い風をあびることはできる。


けれども正直、いちばん後ろの席では、黒板の文字が見づらい。

目はそんなに悪いというわけではないのだけれど、特別良いというわけでもないから、小さい文字で板書する、英語の田村先生なんかの授業のときには、少しだけ複雑な気持ちになる。


「じゃあ、この英文訳して、広川」

「はい」


とは言われても、文字がよく見えなくて、苦戦する。

まあ完全に見えていないわけではないから、目を少し細めれば、小さな文字を解読できる。


「すごいね、広川さん」


訳を終えた私の右隣から楽しそうな声がした。

机に寝そべりながら笑顔を浮かべる、霧田くんだ。

私は霧田くんのほうにちらりと目をやる。


「無視しないでよ広川さん」

「してません。少しだけ霧田くんの顔を見たじゃないですか」

「顔は見てなーいよ。たぶん見たのは俺の肩」


席替えでとなりになった霧田くんは、茶色の髪をふんわりと盛っている、いわゆる「チャラ男」というべき存在だろうか。


今まで彼のとなりになった人は、男女関係なく、「授業中の暇潰し相手」にされてきた。

つまり、言い方は悪いが、今回は私が餌食になっているというわけだ…。


霧田くんは、悪い人ではないが、個人的に授業に集中しているのに横槍を入れられるのは好きではない。

だからいつもさらりと流しているのだが、何度も何度も霧田くんは話し掛けてくる。

面倒だが、完全無視はかわいそうな気がするので、とりあえず反応だけはしている。


「なんであんなん、わかんの?」

「あんなん…っていうのは?」

ポカンとした顔で問う私に、霧田くんはその顔がおもしろいとでも言うように笑いながら、黒板を指差した。


「英文?」

「そーそー、えーぶんえーぶん!」


霧田くんは授業中でも、声のボリュームを下げて話すということを知らないようで、彼の声は教室中にこだまする。


もちろんそれは先生にも聞こえているわけで、遠くから飛んできた白いものが霧田くんのがんめに直撃し、やっと霧田くんは静かになり、そして動かなくなった。


それでも明日は元に戻っているのだろうけど。


窓の向こうを見ると、飛行機雲が遠くまでのびていた。



*あとがき
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