long(サクセス!)

□序 Little Soldier
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 打球の勢いは死んでいた。
鈍い音は完全に打ち損じのそれで、球場に交差した溜め息と歓声に混じって、走れ! 矢部、と誰かが叫ぶ声が聞こえたような気がした。
直後、弾かれたように小さな活路となる一歩を踏み出す。
脚力は彼の唯一の自慢だった。
それでも、一塁ベースはひどく遠く、どうして自分の足はもっと早く動かないのかと思う。
駆けながら、弱気になる己を叱咤する。風と太陽を浴びて、矢部はただ走った。
 一歩、そしてまた一歩。
白いベースが視界に入った。体が覚えたタイミングで離陸、小さな戦士は勢い良く滑り込む。
訪れる静寂、そして、審判が開口。

ーセーフっ!

 同時に世界に音が戻った。矢部は一瞬、放心。そして、強く、空に腕を掲げる。



 砂煙に揺れる蜃気楼の先で、彼は佇んでいた。
黄金の左腕。マウンド上の貴公子。高校球界のエース。付けられた二つ名は数知れず。既に多くの球団が1位指名を公言しているという。
 間もなく100球を超す球数を放りながら、圧倒的な自信はそのままに、彼はバッターボックスに入る男をじっと待っていた。
 その左手で弄んでいた白球が宙に舞う。白球は突き抜けるような青に白線を描いて、グローブに納まった。
 そして、最高の好敵手を見つめ、不敵に笑う。



 空を仰いで、雲を飛び越えた先の聖地を彼は思った。
大砲でも、安打製造機でもなかった。韋駄天とは呼べないし、牛若丸にも程遠かった。でも、練習の虫だった。それだけは間違いなかった。
 逸る気持ちを落ち着かせるように彼はバッターボックスを丁寧に均し、18.44メートル先の男に相対する。
片手に握られていたバットを持ち直す。バットは黄金の軌跡を描き、所定の位置にぴたり、と止まる。
 そして、生涯のライバルを見やり、楽しげに笑う。

 視線が交わった。
それも一瞬。
だが、それはどんな言葉より雄弁に彼らの胸いっぱいの興奮を物語っていた。無限大にも思える時間が過ぎ、時を動かす左腕が振りかぶられる。

その第一球ー



サクセス!
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