テニスな本棚

□大石と菊丸
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『ゴメン』

 一体何度、この言葉を伝えたろうか。
 返ってくるのは笑顔だったり、苦笑いだったり。

 …涙だったり。


「………慣れないな、いつまでたっても」

 沈んだ背中を見送った後、決まって出るのはまず溜め息。

 人一人泣かしておいて笑顔でいれる程、図太くはなれない神経。
 『仕方ない』という言葉を覚えた今でも、それは変わらない。


 こんな時は無性に、あの笑顔に逢いたくなって。
 気が付けば、君の優しさに甘えてる。


「なー………振った大石の方が辛そうでどうすんだよー」

「…」

「元気だせってー」

「………」

 返すは無言。
 ああもうしょうがないなぁ。なんて言いながら回された手に、きつく頭を抱かれた。

「……どうしようもないよ、こればっかりはさー」

 誰のせいでもない。諭すように言われ、さらに強く抱きしめられる。


 わかってるさ。
 何かを、誰かを。
 傷つけずに生きるなんてできやしない。

 誰かに強く抱きしめられれば、痛くて苦しい様に。
 痛みを伴わず、恋なんてできるわけがない。

 でも。

「お〜よちよち〜」

「………英二、痛い」

 どんなに痛くても、やはりその腕をほどくことはできそうにない。

「…痛い?放す?」

「…離してやらない」

「………へへっ」


 誰かに強く抱きしめられれば痛くて苦しい。
 でも、その誰かがこの人ならば、その痛みすら幸せで。

 例えそれが、沢山の涙の上に成り立っているとしても。


 こんな俺達を、そんな幸せを。


 ゴメンなさい、と。


 懺悔しながら今日も、俺達は進み続ける。


「…好きだよ、エージ」


■end■
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