図書館戦争
□First name.
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*
郁は病室の前で五分ほど悩んでいた。
──大丈夫だよね?
あの時のあれは夢なんかじゃないよね?
現実だよね?
だって、夢だったら感覚なんてないし──
郁は『あの時』の唇の感触を思い出し、ドアをノックした。
「はい」
大好きなあの人の声を聞き心臓が跳ねる。
「失礼します」
「郁」
郁は入口で固まってしまった。
──二回目。
「……郁? どうした」
三回目だ。
「い……いえ。何でもないです」
郁は平然を装って堂上に近づき、座れと手で指示されてから椅子に座った。
「教官。これ、どうぞ」
左手に持っていた白い花を堂上に渡す。
「カミツレです」
堂上とカミツレの話をしてから、カモミールのことをカミツレと呼ぶ習慣がついた。
「……ありがとう」
カミツレを受け取った堂上はそのまま郁を抱き寄せた。
──夢じゃなかった。
安心した郁は体を堂上に預け、目を瞑った。
*
──郁ッ!!
突然名前を呼ばれ、言おうとした台詞が吹っ飛んだ。
父でも兄でもない男性に名前を呼ばれたのは初めてだった。
──いい子だ喋るな。
口を塞がれ、耳元でそう囁かれた。
大きな手。
低い声。
郁を引っ張る力も強い。
やっぱり男女では身体のつくりが違う。
そう意識すると顔が紅く染まってゆく。
──お願い。
「ただいまー。……ってあんた、もう寝るの?」
柴崎がいつもより遅く帰寮した。