図書館戦争

□First name.
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 郁は病室の前で五分ほど悩んでいた。
 ──大丈夫だよね?
 あの時のあれは夢なんかじゃないよね?
 現実だよね?
 だって、夢だったら感覚なんてないし──
 郁は『あの時』の唇の感触を思い出し、ドアをノックした。
「はい」
 大好きなあの人の声を聞き心臓が跳ねる。
「失礼します」
「郁」
 郁は入口で固まってしまった。
 ──二回目。
「……郁? どうした」
 三回目だ。
「い……いえ。何でもないです」
 郁は平然を装って堂上に近づき、座れと手で指示されてから椅子に座った。
「教官。これ、どうぞ」
 左手に持っていた白い花を堂上に渡す。
「カミツレです」
 堂上とカミツレの話をしてから、カモミールのことをカミツレと呼ぶ習慣がついた。
「……ありがとう」
 カミツレを受け取った堂上はそのまま郁を抱き寄せた。
 ──夢じゃなかった。
 安心した郁は体を堂上に預け、目を瞑った。



 ──郁ッ!!

 突然名前を呼ばれ、言おうとした台詞が吹っ飛んだ。
 父でも兄でもない男性に名前を呼ばれたのは初めてだった。

 ──いい子だ喋るな。

 口を塞がれ、耳元でそう囁かれた。
 大きな手。
 低い声。
 郁を引っ張る力も強い。
 やっぱり男女では身体のつくりが違う。
 そう意識すると顔が紅く染まってゆく。
 ──お願い。

「ただいまー。……ってあんた、もう寝るの?」
 柴崎がいつもより遅く帰寮した。
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