作品2

□殿といっしょ
3ページ/5ページ




「殿、次あっち行けへん!?」
 松永と出会ってから早くも数時間。三好は相変わらず振り回されていた。
 三好が少し前に転校してきたばかりだということを知った松永は、それなら一緒に観光しようと提案した。三好もどうせ暇だからとその誘いに応じたが、どうやら松永を甘く見ていたらしい。午前中で用事が済むと分かっていた松永は、初めから東京を観光して回るつもりだったようだ。どこをどのようなルートで回るかのプランを予め用意していたという。
「どうしたんや殿! きりきり回らな時間もったいないで!」
 スーツで軽快に動き回る松永の後ろを、少し歩き疲れた顔で三好が付いていく。
 体格の差もあってか、松永は歩くのが無駄に速い。それにこの分刻みの正確なスケジュール。松永はきっと営業に向いているだろう、と三好は推測した。
「あーごめんな。忙しないとこばっかりでちょっと疲れたやろ。次はゆっくり出来るとこにするからな」
 松永はマイペースではあるが、意外と他人を気遣う部分もある。三好が彼を自分勝手だと不快に思わなかったのはその絶妙なバランスのおかげだ。いや、むしろどこか人を惹き付ける魅力にすらなる。
 不思議な人だと三好が言うと、松永は「変ってこと!?」とオーバーリアクションを返した。
「ここやここ。ここやったらスカイツリーも一発やしな!」
 松永が指差す先には見慣れた高層ビルがある。三好はそれを見上げ、以前友人に「彼女と来い」と言われたことを思い出していた。
「殿、展望台行こうや。俺こーいうの好きやねん」
 特に断る理由も無い。三好もここには来たことが無かったので丁度良かった。
「行きましょう、松永さん」
「よっしゃ!」
 三好はこくりと頷く。松永が明るい笑顔を浮かべ、ガッツポーズをしてみせた。



 幸い、天候はすこぶる良い。展望台から見える風景はまさに絶景だ。
「すげーやん! 富士山までばっちり見えるで! ……あ、多分さっき殿とおうたのあの辺やんなぁ」
 松永は展望台内をぐるぐると歩き回り、楽しげに下界を指差している。三好はその後を追いながら、もう見慣れたはずの景色を新鮮な気持ちで眺めていた。
「おぉー、こっち西やって。つーことは大阪はこのずっと向こうやな」
 ふと方角の書かれたガラスの前で足を止めた松永が呟く。三好は松永の隣に並び、そのガラスの向こうに目を凝らした。当たり前だが、松永の故郷は遠すぎて見えない。
「大阪なぁ……」
 たった一日離れただけだというのに、まるで何年も帰っていないような声だ。
 その一日だけでも故郷が恋しくなるのだろうか。故郷といったものが無い三好には残念ながらその気持ちが分からなかった。
「松永さんは、大阪で就職しないんですか?」
 それ程に大阪を離れたくないのなら地元に絞って職を探すべきではないだろうか。何故そうしないのかと三好はあえて、先程松永が言葉を濁した部分に触れた。
「えー? そないしたいんやけどなー。やっぱ親のこと考えたら東京でええとこ就職した方がえーやん? そない思たらなー……うーん」
 松永は複雑な表情で頭をかいた。歯切れの悪い、らしくない言葉を並べて。
「まあほら、殿っちゅー友達も出来たし? こっちでもやっていけそうと言えばそうかなーみたいな」
 苦笑した松永だったが、誤魔化すことはかなわない。
「松永さんはそれでいいんですか」
 三好が眉を寄せ、今日初めて口調を僅かに荒らげたからだ。その顔には怒りにすら似た不満が滲んでいる。
「……あ……すみません、勝手なこと言って」
 しかしすぐに三好はその不満を隠してしまう。松永よりも遥かに上手く取り繕った表情で、三好は淡々と理由を語った。
「僕は小さい時からずっと転校続きで、地元とか故郷とか、そういうのが無いんです。だからそんなに好きな場所がある松永さんが羨ましいです。そんなに地元が好きなのに、離れるのは勿体ないと思います」
 自分に無いものを持っているのに、それを捨てようとする松永に不満を感じたのだと三好は言う。まったく正反対の立場からの反論に、松永は思ってもみなかったと頷いた。
 三好の真摯な言葉に、同じく本当の想いを返さねばならないと思ったのだろう。松永は少し目をそらして頭をかいた。
「俺なー、実家たこ焼き屋やねん。けど不況やからもう今にも潰れそうでな。ほんまは俺も手伝いたいねんけど、親もやっぱ不況なん分かってるからどっか就職して欲しいみたいやねん。せやからどうせやったら、いつ店潰れてもえーようにええ会社行きたいおもてこっち来てん。……っていうんともう一個。同期がみんなええ会社行こうって就活してんのに、俺だけ実家継ぎたいとか言われへんやん。そない思てたんやけど……殿の言う通りやな。ほんまは大阪におりたいねん」
 三好は黙って相槌を打つ。ラーメン屋で見せた表情の理由はそれだったらしい。
 だが今はもう迷いを感じない。伸びをしながら、松永は満面の笑みを浮かべてみせた。
「やっぱ俺実家継ぎたいねんなー! 実家継げんかっても、どっか地元でたこ焼き作りたいねん。俺が修行して美味いたこ焼き作れたら実家の店も潰れへんやろうし! 親にいっぺん言うたるわ」
 僕もそれがいいと思います。松永の出した結論に三好は大きく頷く。彼は本当は誰かに背中を押して欲しかったんだろう。三好はそれに応えただけだ。
「いやー、ありがとーな! こんな話したん殿が初めてやで!」
「わっ!?」
「殿っておもろいなぁ、何でも話せてまうわ! やっぱ殿様っぽいオーラ出てんちゃう!?」
 よほど嬉しかったのか、松永は三好の手を掴んでぶんぶん振った。慣れないスキンシップに三好は戸惑いを隠せないが、松永は非常に機嫌がいい。今にも三好の手を引いてぐるぐると踊り出しそうだ。
「あーせやせや!」
 唐突に振り回していた腕を止め、松永が大声を上げた。
 既に諦めたのか、されるがままだった三好も首を傾げる。
「さっき親のためとか言うたけどな。殿さえおったらこっちでもやっていけそうやと思ったんはほんまやで」
 先程の言葉では失礼に当たると思ったのだろう。真剣な表情で松永が訂正する。それで誤解は解けるはずだった。
 彼に失敗があったとすれば、不用意な言葉を用いたことと、三好の手をしっかりと握ったままだったことだろうか。
「あ……あの」
「へっ?」
 思わず頬を染めてしまった三好を見て、松永は何度か瞬きをした。要すること数秒、自分の過ちに気付いた松永も厳つい顔を赤くする。
「……あ、あああっ!? 別になんか変な意味ちゃうで!? 俺はふっつーに殿が好きやから……っておい! そんなん言うたら余計おかしい意味になるやん!」
 こんな時でもさすがは関西人。一人でボケとツッコミをこなしている。
「僕も松永さんのこと好きですけどね」
「殿、今そーいうボケ挟むんやめて! 俺だんだん混乱してきたわ!」
「ボケじゃなくて本当に好きです」
「ちょおやめてって! 俺ただでさえ真面目な話とかして恥ずかしいんやから!」
 三好が話に乗ってみると、松永は耳を塞いで暴れた。その塞いでいる耳さえ赤く染まっている。意外に照れ屋なのだろうか。そのギャップに三好は同じく顔を赤らめたまま笑った。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ