土銀

□LOVE COMMUNICATION2
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……午前0時。

「ほんまに可愛いのう、パー子ちゃんは」

「……ありがとう……ございます」

 ネオンの所々消え始めたかぶき町を、パー子は坂本の腕を掴んで歩いていた。

 どうやら本気で銀時に気付いていないらしく、歩きながらもベタベタと人の身体に触れてきている。

(……女と女装の区別もつかねーって、どんな女好きだ? ありえねーだろ?)

 あまりの鬱陶しさに、ボコボコにしてやろうかと考えるが、ここではマズイだろう。人目があり過ぎる。

 それというのも・・・。

 あれから、店内は少しだけ騒然となったものの、『かまっ娘倶楽部』の従業員が普段から暴力と流血沙汰に慣れていたこともあって、大した騒ぎにならずにいた。

 しかし、坂本を接待中だった客のほうは商談を台無しにされたと怒り出してしまい、どうしてくれるんだと引き下がらない。

 非常識な客には容赦ないオーナーの西郷も、非がこちら側にある為に強く出られずにいたらしい。

 当事者である銀時は、転がっている坂本を指してコイツが悪いと訴えるが、その訴えはことごとく無視された。

 どうするのが最善なのか……。

結局、気を失っていた坂本が目を覚ました途端、「パー子ちゃーんッ」と、銀時に抱きついてきた為に、商談を壊した張本人の責任として、銀時が坂本の機嫌を取り、商談の件の了承を得る…ということで収まった。

だがそれは、銀時にも悪い提案ではなかった。相応の成功報酬の支払いが約束されたのだ。

 そして今。銀時はその報酬金目当てに、坂本を連れてアフターに繰り出している最中だった。

(ったく、こいつに機嫌を取るだけの価値があるわけねーだろうが)

世界を股にかける貿易会社、快援隊の社長。だが快援隊の決定権は社長の坂本にはない。快援隊のNO2である陸奥にある。

「そんで、パー子ちゃんはワシをどこに連れて行ってくれるんかの?」

 スケベ丸出しの顔を、うっかり殴り飛ばしたくなるが成功報酬を励みに何とか耐える。

「えっとぉ、坂本様はどこに行きたいですかぁ?」

裏声を作りながら、訊ねる。

ほろ酔い程度の坂本を更にガンガンに酔わせて、人気の無い場所に連れ込んで……。

(死なねー程度に痛めつけて、預かった書類にサインをさせるッッ!)

 ……というのが、銀時の筋書きであった。

 物覚えが悪い上に、細かいことは気にしない坂本である。知らない内に商談契約が結ばれていたとしても、陸奥から厳重注意を受けて終わる程度で済むだろう。

(さて、どこの店にすっかな……)

 手頃な飲み屋を探しながらサクサク歩いていると、坂本を掴んでいる腕が引っ張られた。

……んっ?

 振り向けば、坂本は立ち止まっていて。

「わしはここでパー子ちゃんと休みたいぜよ」

 鼻の穴を全開に広げて言った。連れ込み旅館をチョイチョイ…と指差して・・・。

 その馬鹿面とスケベ面に思わず、

「〜〜〜こんのぉ〜ドスケベがぁッ!」

 力いっぱい坂本の睾丸を蹴り上げていた。

「ぐわわわぁぁぁ!」

 気が付けば、股間を押さえて苦鳴を上げている坂本がうずくまっていた。

 額には脂汗まで滲み出ている。

(マズイ! またやっちまった!)

「……お、おい、大丈夫か? 辰馬!」

銀時はパー子を忘れて、素で声を掛ける。

あまりの苦しみように、さすがに急所を蹴り飛ばしたのはやり過ぎだったか? と少し後悔する。

「……パー子…ちゃん……」

 苦しそうに坂本は呻く。

「お前……しゃべれるぐれーなら、ジャンプでもして金玉下ろしといた方がいいぞ」

 睾丸が体内に入り込んだままなのは、マズい。

だが、銀時の心配を他所に……。

「わしのふぐりの心配までしてくれるとは、なんて可愛いんじゃ!」

 苦鳴を上げていたのが嘘のように、坂本はいきなりビヨンと起き上がって、銀時に飛びついてきた。

(ゲッ!?)

 避ける間もなく、タックルするようにガシッ! と抱きつかれた。頭を覆うように抱きつかれて、視界さえも遮られる。

 銀時は、坂本を振り払おうとして、手を伸ばした。

……だがその瞬間。

突然、坂本の身体がズルズルと沈むように崩れ落ちた。

「……な、何だ? おい! 辰馬ッ」

慌てて支えた銀時の手に、生温い液体が付着する。一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 状況を理解したのは、崩れ落ちた坂本の背後から土方が姿を現したときだった。

銀時は目を見開く。

「……土方……」

何故こんな時間にこんな場所に居るのか? いつの間に近くに居たのか?

「まさかと思って来てみりゃ、やっぱりテメーだったか」

目の前で、タバコを咥えたまま、ものすごい殺気を放っているのは、抜き身の刀を手にした隊服姿の土方だった。

「……お前…何で……」

「その男から離れろ、万事屋」

 イラ立ちを含んだ土方の声。

それよりも、倒れた坂本から流れ出る多量の液体に蒼ざめる。

「お前…自分が何やったか判ってんのか!?」

銀時は土方に向かって叫んだ。

背後から、しかも無抵抗の一般人を斬ったのだ。見過ごす訳にはいかない。

「安心しろ、峰打ちだ」

 落ち着いた口調で土方は言った。

「何 言ってんだ! 峰打ちじゃねーじゃねーか! 血が出てんだぞ!」

「……血だぁ? 斬ってもねーのに、んなもん出るかっ!」

「だったら、流れてるこれを、………ん?」

 キッパリと否定する土方に、銀時はもう一度、坂本に目を向けた。

 どくどくと坂本から流れ出る液体は赤。自分の手を濡らす液体も赤。……が、冷静になれば、とある飲み物の匂いが漂っていることに気付く。

「……まさか?」

 慌てて倒れている坂本の上着を探る。出てきたのは、ペシャンコに潰れた紙パック飲料だった。

「……トマトジュース……」

 ふざけすぎたオチに、力が抜ける。

(何だって、懐に紙パックのトマトジュースッッ!?)

 嗅ぎ慣れていた筈の血液とトマトジュースを間違えた自分にも、力が抜ける。

 ついでに、トマトジュースの紙パックを懐に入れていた坂本にも、怒りがフツフツと湧き上がってくるが……。

「何て格好してやがる」

 呆れたような土方の声に我に返った。

(ヤベーッッ! 俺、今はパー子だったんだ!)

銀時は慌ててアゴをしゃくって別人のふりをしてみるが、……すでに遅い。

確実に銀時だとバレてしまっている。

「い…いや、これは、なんていうか」

「……そんな格好して、こんなとこで何してやがる」

 ギロリ…と、瞳孔開き気味の目で睨まれて、わずかに怯む。

「お、お前の方こそ、こんな時間に何してんだよ」

「俺は仕事だ。……もっとも、終えちゃいるがな」

 隊服姿である以上、もっともな答えだった。

「俺もまぁ、……ビジネスの最中だ」

 成功すれば報酬金も約束されている。ビジネスと言っても嘘ではない。

「ビジネスだぁ? 女装して男に身体触らせんのがビジネスか!? まさかテメー、夜鷹にでも転職したってんじゃねーだろうな」

 訳を聞くこともせず、見下したように一方的に責める言い方に、カチンとくる。

「だったら、どうだってんだ。お前には関係ねーよ」

 これ以上、土方と話していたら、埒の明かない不毛な言い争いに発展する気がして、銀時は話を打ち切った。

(……やっぱり、こいつは俺のこと好きじゃねーのかもな)

そう考えれば、合点がいく。

……けれど、胸が痛む。

どうやら、自分が考えていたよりも、土方のことを想っているらしい。

倒れている坂本の様子を見る振りをして、しゃがみ込んだ。

「……もう、お前と会うの…やめるわ」

 イラ立ちを吐き捨てるように伝える。

「ふざけんなッ! テメーは俺のもんだ。勝手な真似は許さねー」

 怒鳴り声と同時に、いきなり腕を掴まれる。

そのまま捻じるように腕を引っ張られ、強引に立たされる。

「ちょうどいい。来い」

 倒れている坂本をそのままに、目の前の連れ込み旅館に向かって引きずられる。

「離せ! なに考えてんだッ!」

 隊服のまま入り込む場所ではない。

「テメーの意見なんぞ聞いてねー。来いっ」

 拒めば拒むほど、痛いくらい強引に腕を引っ張られる。

「ちょっ! こんなとこ見られんのはマズイだろ」

 真選組副隊長の土方十四朗…といえば、知らない人間はいない。

 それがオカマと言い争っているのだ。本当にマズイだろう。

 気が付けば、道行く数人が、何事かと足を止めてこちらを窺っている。

「俺は別に構わねー」

「……何…言って……」

「お前は俺のもんだ。誰に知られたって俺は構わねー」

 腹が立つほど強引な態度と言葉。それが不覚にも嬉しい…と思ってしまう。

「……土方……」

 銀時は抵抗するのを止めて、身体を土方に預けようとした。

 だが…そこへ。

「フワァ〜」とのん気な大あくびをする声が響いた。

 視線を向ければ、いつの間にか、倒れていたはずの坂本が起き上がって、こちらを見ていた。

 それに気付いた土方が、坂本の視線から遮るように、銀時と坂本の間に立ちはだかった。

 そんな土方の行動の意図に気づいて、胸が熱くなる。

「なんじゃ、パー子ちゃんにはええ人がおったんがか?」

「……辰…馬…」

うっかり、パー子であることを忘れて呟いてしまう。

(何か…言わねーとマズイよな……)

 せめて、契約書にサインをさせるまでは、引き止めておかなければ……。

(……妖怪に殺される!?)

「あ、あの、これはです…ね」

 どうした訳か、咄嗟の言い訳が出ない。

「……そうか、わしはフラれたちゅーことがか……」

 しかも、土方からは物凄い殺気が漂っている・・・。

「い、いや、そんなこたぁ……」

 ない…と断言してしまうには、状況が悪過ぎる。

「……わしも男じゃ、潔く身を引くぜよ」

身を引くもなにも、パー子と坂本はホステスと客の関係でしかない。

だが、坂本は勝手に自己完結すると、乾いた笑いを洩らした。

幾分ヨロヨロとしながら、この場から遠ざかって行こうとする。

「……えっ、ちょ…っ、坂本…社長?」

 しかし、大事な金蔓…じゃなくて、まだ坂本には契約書にサインをしてもらっていないのだ。

銀時は慌てて、坂本を追おうとした。

「行かせるか!」

 それを土方によって阻止される。

「ば、馬鹿…違うって。アレは大事な客なんだよ」

 逃せば成功報酬どころか、西郷の制裁が待っているかもしれないのだ。

「大事な客って何だ!? お前まさか…本当に夜鷹やってんじゃねーだろうな?」

 土方の手は、きつく食い込むほど銀時の肩と腕を掴んでいて、振り解こうとしても、振り解けない。

「だから違ぇーよ! 離せって」

「行かせねーっつってんだろ! お前が誰かに買われるぐれーなら、俺がお前を買い占めてやる」
 聞きようによっては、かなり熱烈な言葉に。

「……な…んで……」

ありえない…そう思った。

驚きに、身体から力が抜け落ちる。

「違うって言ってんだろう。馬鹿…土方……」

 好きだとか、付き合おうとか、言われなくても。

恋人でも、愛人でもなくても……。

……取り乱すほど想ってくれている。

その事実だけで、それだけで嬉しさが込み上げる。

「……もうアイツは追わねーから。その代わり…お前も一緒に謝れよな」

 思わず笑ってしまいながら告げると、本気で意味が分かっていなさそうな土方が、

「……何だ、そりゃ?」

 怪訝そうな顔で言った。

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