土銀

□BirthdayPresent
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「新八! 神楽! こりゃあ一体どういうことだ!」

万事屋 銀さんこと坂田銀時は、憶えのない借用書を片手に、新八と神楽に詰め寄っていた。

「それがですね、銀さん」

新八がしまった…という顔で何か言いかけると、

「銀ちゃん、それは私と新八が借りたお金の借用書ネ。銀ちゃんには関係ないアル」

神楽が慌てて、それを遮った。

「関係ねー訳ねーだろ! お前らが借りたってなんだ? ガキのお前らが金なんぞ借りていい訳ねーだろがぁぁぁ!」

借用額 三万円。

その額は、仕事があまり入らない万事屋にとって、決して安い金額ではない。その上、子供に金を貸した非常識な相手も気になる。

「ほら、怒んねーから誰に借りたのか、何に使ったのか言ってみろ」

当然、理由次第では容赦無く怒るつもりだが、今は誰に金を借りて、何に使ったのかを聞くのが先決だ。

「私と新八、銀ちゃんの誕生日のお祝いしようと思ったアルヨ」

ションボリした様子で神楽が話し始める。

「……俺の誕生日?」

そういえば、誕生日なんて日が近かったか? と、壁に掛かっているカレンダーに目をやれば、10月10日で、今日が自分の誕生日だということに銀時は初めて気付いた。

「最初は、私と新八の持ってるお金だけで祝う予定だったネ。でも2人のお金合わせても3百円しかなかったアルヨ。そしたらアイツらが通り掛かって…。えっと、それでどうしたんだっけ、新八?」

そこまで話して、神楽の頭の中が混乱し始めたようだ。

「ここからは僕がお話しします。お金が足りなくて、お店の前でどうしようかと神楽ちゃんと話していたら、真選組の土方さんと沖田さんが偶然そこへ通りかかったんです。困っているのをお話したら、妖刀のときに世話になった謝礼の一部だって言って、土方さんがくれたんです」

「……あいつが?」

思いもしなかった動機と名前に、説教する気は失せていくが…。

「……だったら何で借用書があるんだ」

あの時の謝礼だと言って神楽達に金を渡したのなら、借用書など必要ないだろう。

「私もそう思ったネ。でもそしたらアイツが……。あんにゃろうが……。ケジメだってそれを強引に押し付けたアルヨ」

『アイツ』を語る神楽の悔しそうな顔に…。

……アイツか……。

銀時の脳裏に、真選組ドS隊長の顔が浮ぶ。

「えっと、つまりですね。借用書は沖田さんのイタズラです。土方さんは「破って捨てておけ」って言ってたんで、気にしないで大丈夫だと思います」

と、新八は説明するが、

「でもよ新八。こりゃあ、本物の借用書だぞ」

イタズラでとっさに思い付いた借用書にしては、随分と出来がいい。

「借用書の紙自体は本物みたいですよ。よく分からないんですけど、いざという時の為に色々持ち歩いてるんだって、沖田さんが言ってました」

「……いざという時? 何だそれ?」

…確かに、何のためなのか理解は出来ないが、大まかな理由は、新八の説明で合点がいった。

「……はぁ、ったくよ……」

銀時は溜め息を漏らしつつ、 

「つまり借用書は沖田君のイタズラで、お前らが手にした金は、真選組の副長さんから一生チビチビ貰う予定だった一部ってことだな?」

神楽と新八に金を渡した時の『あいつ』の顔を思い浮かべて、微かな笑みを浮かべた。






◇◆◇


「落とした?」

……聞き間違いか? と思い聞き返してみる。

せっかく手に入れた謝礼金を無くしたと聞いたのは、借用書の件が判明したわずか30分後のことだった。

「……今、なんて言ったのかな? 志村君? 神楽さん?」

妙な話し方になってしまうのは、緊張しているからだ。

「ですから、どうやら落としてしまったみたいなんです」

「銀ちゃん…ごめんアル」

どうやら、新八と神楽の声は幻聴ではないらしい。

「……本当なのか?」

信じたくない気持ちで問えば、

「結構 捜したんですけど、全然見つからなくて・・・」

新八が申し訳なさそうに言った。

だったら、仕方ないか・・・。なんて考えるが・・・。

「私も新八も二十分くらい捜したネ。でも見つからなかったアルヨ」

神楽の言葉で撤回する。

「バッカヤロウォォ!! お前らそれでも万事屋かァァ!! 20分だと!? たった20分で3万円を諦めんじゃねーぞ!」
 
          

坂田銀時は、新八と神楽を連れて、二人が土方と沖田に会ったという場所から、万事屋に帰るまでのルートを捜索しながら歩いていた。

「銀ちゃん、もう暗いヨ。私もう、お腹ペコペコネ」

神楽が愚痴っても、

「まだ捜し始めて1時間も経ってねーぞ」

新八が説得しても、

「でも銀さん。もう2週目ですよ? それに随分と暗くなってきましたけど?」

「まだ5時前だ。素通りしてどうする。気合入れて捜せ」

銀時は捜索を止めようとはしなかった。

(……あと、少し捜させたら止めるか・・・)

落とした三万円は確かに惜しいが、落としてしまったものは仕方がない。

問題は殆んど反省していない二人の態度である。

『落としてしまったものは仕方ないアルヨ。銀ちゃん』と神楽が開き直り・・・。

『捜しても見つからなかったんです。いいかげん諦めてくださいよ、銀さん』と、新八まで開き直ったのだ。

銀時としては自分の目で確認して、それでも見つからなかったら諦めるつもりでいたが、二人の開き直った態度に捜索の続行を決めた。






あれから…。

(……さて、そろそろいいか)

実はまだ大して時間は経っていないが、日は沈みかけ、辺りは随分と暗くなってきた。

「神楽、新八。もういい。帰ぇーんぞ」

銀時は自分の前を歩く二人に声を掛ける。

それと同時に、

「万事屋のダンナじゃないですか。どうかしやしたか? 何か探しモンでもしてるんですかィ?」

背後から、聞き覚えのある人物に声を掛けられた。


◇◆◇

……で? どういう冗談なの? コレ?」

次々と目の前に運ばれてくる料理に、銀時は呆然としていた。

先ほど道端で、背後から声を掛けてきた人物、 沖田に『落とした金なら真選組の屯所で預かってやすぜィ』・・・と告げられた経緯で、現在 銀時達は真選組の屯所内にある広間に案内されていた。

銀時としては、預かっているという金を受け取り、すぐに帰る気でいた。

しかし強引に引き止められ、夕飯に誘われた。断われば、どういった訳か新八と神楽までが『食べて行きたい』と言い始めたのだ。

タイミング良すぎる出来事の数々。

……怪しい…と、思い始めたのはこのときだったが…。

チラリ…と新八と神楽に目をやれば、新八は挙動不審なほどにオロオロしていて、神楽の態度は一々白々しい。

(……まさか?)

引っ掛かっていた不自然さが、意図的だった故の不自然さだったのでは?という疑問に変わる。

だが神楽や新八が、そんなことをする意味が解らない。

「お前ら…揃って何してんだ?」

声を低くして訊けば、新八はこちらに向かって苦笑いを浮べ…。

神楽は…全く気にしない様子でテーブルの上の料理を物色している。

「銀ちゃんの誕生日祝いアル」

「そっちじゃねーよ」

チキンを両手に持って開き直った神楽の頭を、ペシッと叩く。

「俺の誕生日祝いを、何で屯所でやることになったのか聞いてんだっ! 小芝居までしやがってッ!」

自分の誕生日なんてさっきまで忘れ果てていたが、この際、それは置いておく。

「最初は、僕と神楽ちゃんだけで銀さんの誕生日祝いをするつもりだったんです。だけど、どうせなら大勢でお祝いしたいなって思い付いて、沖田さんや山崎さんも誘っちゃったんですよ」

「大勢で祝えば良いってもんじゃねーよ! 何が悲しくてムサい野郎ばっかりの巣窟で、俺は誕生日を祝われなきゃなんねーんだ?」

「旦那ァ、細けェ事を気にしちゃーいけやせんぜィ」

銀時達をここまで案内した張本人は、シレっとした態度でいる。

その態度に、イラッ…としかければ、

「そうですよ、万事屋の旦那。結果としては旦那を騙した格好になってしまいましたが、新八君と神楽ちゃんは最後までどうするか悩んでいたんです。ここはお二人の顔を立てて、俺達にも祝わせてくださいませんか」

地味なくせに妙に説得力のある山崎が宥めるように頼んできた。

我が道を行きたい銀時でさえ、その説得力と低姿勢には、ウッ…とたじろぎそうになる。

そして極めつけは、

「……銀ちゃん、ダメあるか? そんなにコイツら嫌いアルか?」

神楽のお願い攻撃だった。

ワザとらしい…。お前だってコイツら嫌いじゃねーか。と思っていても、悲しそうな顔をされれば、銀時でさえ嫌だとは言えなくなる。

「解ーったよ。祝われりゃーんだろ? 祝われますよ。少しくらいムサくたって我慢しますよ!」

こうして何故か、銀時の誕生日祝いは真選組の屯所内で行われることとなったのだった。


銀時が戸惑っている間に、宴もたけなわ…な雰囲気になっており、いつの間にか沖田や山崎以外の隊士達も銀時の誕生会に参加していた。

もはや誕生日を祝っているという雰囲気ではない。間違いなくドンチャン騒ぎという雰囲気だ。

「旦那、どうしやした? 酒が進んでませんぜィ」

新八や神楽、他の隊士達と花札で盛り上がっていた沖田がそこから抜け出し、銚子を片手に声を掛けてきた。

「そういや、ゴリラとニコチンはどうした?」

杯に注がれた酒を飲みながら何気なく聞けば、

「気になりますかィ?」

意味ありげにニヤリと笑われる。

「何がだ? この事をおたくのゴリラやニコチンは知ってんのかって聞いてんだよ! 俺は!」

「当たり前でさァ。近藤さんの許可がなけりゃ、こんなこと出来やせんぜィ」

(……そうか、知ってんのか)

ふっ…と、思考が変な方向に行きそうになり、

(……酔いが回ってきたな、こりゃ)

イッキに杯の中の酒を飲み干し、その思考を追いやれば、

「いい飲みっぷりでさァ」

そう言いながら、沖田は空になった杯に酒を注いでくる。

「近藤さんと土方さんは、朝から松平のとっつぁんに呼び出されて本庁に行ってまさァ」

「……誰も聞いてねーよ。んなこと……って、オイッ! もしかして3万円のくだりから嘘か?」

朝から出ているということは、そういうことになる。

「全くの嘘って訳じゃありませんぜィ。3日前、旦那んとこのチャイナ達がケーキ屋の前でウロウロしたのが見えたんで声を掛けたら、ケーキ買う金が無ェから金を出せって、土方さんにタカって金を出させてましたからねィ」

「……そうか」

どこから嘘で、どこから本当だったのか…。

そこを少しだけ考えてしまっていた銀時だったが、ここに銀時を連れてくる目的の嘘以外は本当の事だったと知り、無意識にホッ…と息をつく。

「安心しやしたかィ?」

どうやら、安堵したことに気付かれたらしい。

「……まあな」

銀時は素直に頷いた。



◇◆◇



「……コスチューム…替えだぁ?」

注がれた酒を次々に飲み干し、意識がだいぶ怪しくなった頃、沖田が妙なことを言い出した。

「隊内でやる忘年会の出し物用に注文してあったものなんですがねィ」



沖田の説明では…。

参加者は箱の中に入っているクジを引き、そのクジに書かれているコスチュームに着替えるということだった。

「当然、クジに何も書かれてなけりゃ、着替えなくていいってことでさァ」

沖田の説明を聞きながら、

(……野郎ばっかりでコスプレなんかやってのか? コイツら……)

うっかり隣に座っている原田のナース姿を想像して気分が悪くなる。

銀時の知っているコスプレといったら、いわゆる風俗のコスプレが代表だ。

「旦那。旦那が想像してるコスチュームはありやせんから安心してくだせィ」

「あっそ……」

その補足で想像した原田のナース姿が消える。

「で? 何のコスチューム? 言っとくけどね、ここには神楽も居んだ。見苦しいものは許可出来ないからな」

誰がどんなコスチュームを着ようと構わないが、年頃の娘に変なものを見せる訳にはいかない。それを告げれば、

「それなら大丈夫でさァ」

沖田は自信あり気に断言した。

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