土銀
□BirthdayPresent2
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本庁で行なわれた作戦会議が思いの外長引いてしまった帰り道。
「随分と遅くなっちまったな……」
近藤の呟きに、時計に目をやれば、午後11時をとうに過ぎているのが分かった。
ふと…。そういえば今日はアイツの誕生日だったな…と、脳裏を掠める。だが、土方から誕生日を祝われて喜ぶようなヤツじゃないか…と思い直す。
「ああ、こんなに遅くなるとは正直思ってなかったぜ。どうだい近藤さん? どうせこのまま屯所に帰っても飯なんぞ残ってやしねぇーだろうから、ここいらで食ってかねぇーか?」
目の前のソバ屋を指しながら誘う。
「俺もそうしたいのは山々だが、総悟からお前を今日中に連れて帰って来いと頼まれているんだ」
「……総悟が? 何でまた?」
何の悪巧みだ? と思いながら、その理由を聞き返せば、
「さぁな。俺も詳しいことは聞いてないんだが、何でもお前に合わせたい客人を呼んで、大広間で待っているって言っていたぞ」
悪巧みの匂いが一層濃くなった。
ここは今日中に帰らない方が良いような気がしていた土方だったが、
「ああ、そう言えば。もしも今日中に帰って来られなかった場合、トシ。何でも、お前の大事なものは頂いちまうから……っていう伝言も総悟から預かってたな」
その伝言で、スーッと、血の気が引いていった。
(……まさか客人…ってのは?)
一体 大事なものって何だ、トシ? という近藤言葉には答えず、
「……近藤さん、すまねぇーが先に屯所に戻らせてもらうぜ」
土方は屯所に向かって走り出した。
◇◆◇
「……ど〜してトラだけコレなんだぁ?」
酔って意識が怪しくなっても、コレ…が恥ずかしいものだということは判る。判るのに何故か銀時は今、トラ耳に、トラ柄のハーフトップ、トラ柄のパンツ…を身に着けた格好をしてしまっていた。
それでも、ぴゅーぴゅーと聞こえる口笛や、『似合いますぜ』なんていう掛け声に対して、「お前ら! 御ひねりは遠慮なく寄越せよ〜」と言うのは忘れない。
「そんなことはありやせんぜィ。ほら、馬は下半身だけですし、牛なんかはスモッグのみになってまさァ。トラの方は、ちゃーんと上下共に揃ってるじゃありませんかィ」
…と、ネズミの着グルミを着た沖田が真顔で言う。
「だったらコレと代えろぉ。コレ着んなら馬の方がまだマシだろがぁ」
馬の衣装と代えろと詰め寄れば、何かに躓いてよろけてしまう。
弾みで畳に膝をつけば、
「あーあ、旦那もチャイナ達に続いて眠くなっちまったんですかィ?」
からかうように沖田が顔を近付けて来た為に、
「……そういや…お前。神楽が寝たの知ってて、さっきは大丈夫だって言いやがったな?」
ついで…とばかりに、銀時は先ほどのことを訊く。
気付けば、神楽の新八の姿が部屋から消えていた。
どうしたのかと探そうとすれば、『お二人は空き部屋で寝かせていますから』と山崎が告げてきたのだ。
念のため、部屋へと案内させてコッソリと覗けば、グーグーとイビキを掻きながら爆睡している二人が居た。
すぐに帰ろうかと…考えたが、神楽だけならまだしも、さすがに二人をおぶって帰るのは困難だろうと、銀時は二人を、そのまま寝かせて置くことにしたのだ。
「……過ぎたことは気にしちゃいけやせんぜィ」
悪びれる風もなく開き直った沖田の頭をパシン…と軽く叩いて、銀時は、そのままゴロリ…と畳の上に横になる。
「……ったく、何が目的だったんだかぁ。……まあ、いいや〜。今日のコレ、ぜーんぶ 真選組の支払いなんだよな?」
隊士達が飲んだ酒以上に、食べ物は神楽の胃袋に収まっていた気がする。参加した全員で割り勘にしても×3人分だと結構な金額になるだろう。
「当たり前でさァ。はなっからそうするつもりですぜィ」
「……そいつぁ、ごちそ〜さん〜」
ゴロリと横になったからか、奢り…と確認して安心したからなのか、フワフワとした眠気が訪れてくる。
(……着替えっかな)
腹を出したまま寝るには寒すぎるか…と思い、起き上がろうとすれば、
「そういや旦那。もうすぐで今日も終わりますねィ」
沖田が銀時に圧し掛かるような体勢で、顔を覗き込んできた。
「それがどうしたぁ? じゃなくて重てェーから退け」
妖艶な人妻ならともかく、沖田に甘えられても嬉しくも何ともない。
…なんて考えていると。
「沖田隊長! それはヤバイです!」
「止めて下さい沖田隊長! 俺達まで殺されてしまいます!」
「そうですよ! 副長の機嫌の悪さを改善させるどころか、逆に切腹させられます!」
「「「「「沖田隊長を止めろォォォ!!!」」」」」
遠吠えのような…。悲鳴のような隊士達の声が部屋中に響き…。
その途端、ドドドッッという地響きがして…。
銀時は屈強な男達が次々に自分の上…。いや、正しくは沖田の上にダイブしてきたのを視界に映してしまった。
えええええェェェッ!?
…逃げる間もなく、ドスン! と、巨大な岩石でも落とされたような衝撃が全身を直撃した。
――――ッッ!
息も出来ないほどの衝撃に悶絶していると、ガラッ!と乱暴に襖が開き、
「テメェ! 何やってんだァァァ!!」
誰かの怒鳴り声が響いたのだった。
◇◆◇
山崎に案内されて様子を見に来た銀時が大広間に戻ったのを確認した神楽と新八は、こっそりと万事屋に戻ろうとしていた。
「…本当に銀さん置いて帰っちゃうの?」
下駄箱から二人分の靴を取り出しながら、新八は確認する。
「新八、男が一度決めたことをグダグダ言うのは良くないアルヨ」
「でも神楽ちゃん…」
「…私、眠ってる銀ちゃんにプレゼントは何が欲しいか三回も聞いたアル。最初はイチゴ牛乳とか大福とか言ってたネ。でも、本当にそれでイイかって聞き返したら、三回とも最後はニコチンの名前言った…ネ」
「……神楽ちゃん」
「銀ちゃんはニコチンのこと上手く隠してるつもりだけど、私…気づいてたネ」
そのことは神楽から聞いて知っていた。知っていたからこそ、新八は今回の件に加担したのだ。
それでも、結果として銀時を騙すことになってしまい新八なりに心を痛めている。当然、銀時に一番懐いている神楽は、新八よりもっと辛いはずだと思っていた。
けれど…。
「あれでも銀ちゃんは寂しがり屋ネ。私や新八には何にも言わないけど、時々寂しそうな顔してるアルヨ」
「……分かったよ。神楽ちゃん、帰ろう」
神楽の想いを知り、新八もそれで良いかと、頷いた。
靴を履き、玄関を出たところで、
「帰ェんのか?」
大広間の、銀時の隣りを陣取っていたはずの沖田が、そこに立っていた。
「お前の見送りなんかいらないネ」
「別にテメーの見送りになんか来てねーよ」
「……だったら用はないアルな」
そのまま通り過ぎようとすれば、
「……だがな、チャイナ…。今日はありがとな」
突然、沖田が礼を言ってきた。
「……お前」
「ここんとこ土方さんの機嫌が悪くて屯所内の空気がピリピリしてたんで、今日のことで土方さんの機嫌の上昇が図れそうだってみんなが言ってたぜィ」
神楽と新八がどうやって銀時と土方を会わせようかと悩んでいたとき、真選組の方も山崎が中心となって、土方の機嫌の悪さの原因を突き止めていた。
どうやら土方と銀時の2人はタダならぬ関係らしいのだが、どうやら上手く行ってないらしいのだ。
いつもの不機嫌さに加えて、更に不機嫌な副長。
ちょっとした失敗で、すぐに抜刀し、頻繁に言い放たれる切腹。
このままでは隊士達が精神的に参ってしまうだろう。
そんな時、銀時と土方をどうやって会わすか悩んでいる万事屋…神楽達を知ってしまった。
利害の一致で、両者が結託するのは早かった。
「お前らの悩みなんて知ったこっちゃないネ。私と新八は銀ちゃんの為にやったことアル」
神楽がプイっ…と顔を逸らしながら言えば、
「だったら、礼なんか要らねーな」
沖田が大きな紙袋をヒョイッと上げて見せる。
「いらないネ。そんなの受け取ったら、私達が銀ちゃんを売ったみたいじゃないか!」
そんな沖田に食って掛かるが…。
「そうかィ? そいつァ残念だ。中身は高級黒毛和牛ステーキ肉……」
「……勿体ないから、もらっといてやるアル」
中身が何か判明した途端、手の平を返したように紙袋を沖田から奪い取った神楽だった。
◇◆◇
屯所の門をくぐり、宿舎の玄関内に入ると、大広間の方から明らかに宴会でも開かれているような騒がしい声が響いていた。
「……何やってやがんだ?」
てっきり、沖田と客人だけで居るものだと思い込んでいた土方は拍子抜けする。
(……アイツじゃねーのか?)
てっきり、客人というのは万事屋の…坂田銀時だと思い込んでいたが、どうやら思い過ごしだったようだ。
土方はホッ…っと胸を撫で下ろしながら、脱いだ靴を下駄箱に放り込んだ。
(……ってことは、俺の大事なもんを頂くってのはどういうことだ?)
マヨネーズか? なんて頭に浮かぶが、いつもの沖田の嫌がらせの可能性が高い。
「総悟の野郎…。俺が晩飯食えねぇーように嫌がらせしやがったな」
何にしても腹は空いている。
だが、嘘か本当か、合わせたいという客人も気になる。
「くそっ、仕方ねー。顔出してから、部屋に戻ってぺヤ○グヤキソバでも食うか……」
なんていう考えで纏まった瞬間、突然、大広間の方から大きな声が聞こえてきた。続いて怒号のような声が聞こえ――
「何だッ!?」
ゴゴゴォォォォという地響きの直後、ドゴンッ、ドゴンッと、巨大な何かが落下したような音と大きな揺れが起こった。
何が起こったのか?
大広間の前まで駆け出し、勢いよく襖を開け放てば……。
そこには十名以上の隊士達が折り重なるようにして倒れていた。
……プロレスか? なんて思ったのは一瞬だった。
良く見れば、折り重なった隊士達の一番下に、銀髪の人間が居ることに気付く。
その瞬間……。
「テメェらァァ! 何やってんだァァ!!」
土方の中から殺意にも似た何が吹き出し、土方は怒鳴り声を上げていた。