土銀

□青いんです
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〜〜過去



「うっ…げっ! 切り過ぎちまった……」

洗面台の鏡の前、銀八は自分の髪の毛を切ること苦戦していた。





『坂田さんの髪が白い理由は解りました。そのことは先方に伝えておきます。 ですが、その髪の長さは少々長過ぎですね。先方のご家庭に訪問する前には切っておいていただけますか? 親御さんに好印象をもたれることも大事ですからね』





アルバイトに登録した家庭教師派遣センターから髪のことで注意を受けてしまった。

肩に掛かるほど伸びてしまった髪……。

当然だが外見云々に拘って伸ばした訳ではない。

何となく、床屋に行くのが面倒だったのと、腐れ縁の延長のように付き合い始めた相手が、この髪を気に入っているらしくて、つい切る機会を逃してしまっていたのだ。





「……だったら、右を…ってぇぇ。また切り過ぎたぁぁ!」

毛先を切るくらい自分でも簡単に出来るだろうという考えが甘かった。

このまま自分で髪を切っていったら、ボウズ頭になってしまうかもしれない。

「う、う、でもなぁ…金も無ぇしなぁ……」

ここは自分で何とかしなければいけない。 もういっそカミソリで剃っちゃってボウズにするのもアリか? 

あ、でもアイツ怒るかな……? などと思い詰めていると――

「鍵くらい掛けろって言ってんだろ。無用心だぞ」

と、玄関の方から声が聞こえてきた。

「おい、居るんだろ? 銀八」

規則正しく、静かに近付いてくる足音……。

銀八を呼ぶ声の主は、小学校入学からの腐れ縁で、その後も、中、高…と、現在の大学まで一緒の人物で、この部屋の主でもある。

幼馴染と腐れ縁に加えて、今年の3月に共に同じ高校を卒業し、

そして現在、銀八はこの部屋に居候? いや同居?……していた。

「……う〜、こっちは鍵どころじゃねーんだよ」

短く切り過ぎた前髪を懸命に額に撫で付けながら、ポソリ…と呟けば、その声が聞こえたらしく、

「なんだ、こっちにいたのか」

声の主はすぐに銀八が髪と悪戦苦闘している洗面所へやって来た。

額を押さえながら、上目遣いに鏡を覗き込めば、声の主と鏡越しに目が合う。

「なんかあったのか?」

額を押さえたままの銀八を不審に思ったのか、近づかれて、顔を覗き込まれる。

「な、なんにもねぇ……」

思わず誤魔化すが、腕を掴まれた弾みで、前髪を押さえていた手がうっかり離れてしまった。

「……お前。どうした? その頭」

不審そうな声の主は、銀八の頭を見るなり、いきなりクス…と、吹き出した。

「う、うるさい! 笑うんじゃねーよ」

切り過ぎて、眉毛の上でぱっつんしてしまった前髪は、自分でもヤバイだろコレは…と思うほど愉快な髪型になっている。

それを、笑われて、普段は強気な銀八もちょっと涙目になる。

ジト…と恨みがましく相手を睨めば、

「悪かった。もう笑わねぇから、泣くな」

宥めるように笑いながら、銀八の髪に触れてきた。

「泣いてねーよ!」

泣きそうなのと泣いたのとでは全然違うと、そこは訂正しておくが、そうか?…と、笑い飛ばされた。







「何でこんなことしたんだ?」と咎めるように訊かれて、自分で髪を切った経緯を簡単に話せば、

「なるほどな、そういうことか…」

納得してくれた。

しかし、納得はしたようだが、「綺麗だったのに、勿体ねぇな」と呟かれて、罪悪感が生じる。

「……長い方が良かったとか言ったら、怒るからな」

「言わねぇよ。……綺麗だったのは事実だけど、それも悪くねぇと思うぞ」

目を合わせながら、はっきりと告げられて、思わず照れる。

「悪ィ……」

返す言葉に詰まって、思わず謝ってしまえば、

「あのな…。別に謝るもんじゃねぇだろ?」

また、クスリ…と笑われた。

「ねーけどよ。でも、お前が俺の髪…気に入ってたのは知ってたから、悪かったなって……」 

丁寧に、指先で梳くように髪を撫でられて、思わず本音が出てしまった。



 
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