土銀
□青いんです4
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〜〜〜過去
『高杉から、おんし宛てに伝言を預かったきに、伝えにきたんじゃ』
夏の終わり頃から高杉の態度が変わった。
急に無口になり、何かを考え込むことが多くなった。
何かに悩んでいて、それを銀八に言い出せないでいるような…。
『なぁ晋助。悩みとかあるんなら俺…聞くぞ』
聞いても、高杉は困ったように小さく笑うだけで何も言ってはくれなかった。
いつかは悩みを打ち明けてくれるだろうと銀八は待っていたけれど、高杉は何も語らないまま、ある日突然、銀八の前から姿を消した。
それでも、高杉からの連絡を信じて、高杉のマンションに留まっていたけれど…。
そんな銀八が真相を、高杉の行方を知ったのは、12月も終わりの頃に訪れた坂本の話しによってだった。
『……戦争? 内戦地?』
『ワシも電話で話しただけじゃき、詳しいことはよう解らんのじゃが、尊敬する先生の誰ぞが、戦争や内戦で被害を受けた地域を回って住民を助ける医療ボランティア活動しとうとかで、今はその先生の手伝いをしちょるそうなんじゃ』
坂本から聞かされた高杉からの伝言というのは、この部屋に…このマンションにいつまでも居て構わない…ということと、好きなように使っていい…ということだけ。
高杉が今何をしているとか、大学を辞めていたことは、銀八宛ての伝言ではなく、坂本が高杉から聞いたことを又聞きしただけだった。
〜〜〜現在
「久しぶりだな、じゃねーよ。こんなところで何してんだ」
邪険に構える気などなかったが、目の前の高杉は銀八の知っている高杉とは別人のように冷たい雰囲気を纏っていて、人相まで変わっていた。
少し痩せた頬に、狂気を宿したような眼。
自分の知らない7年間に、何があったのか?
かなり親しい付き合いのあった者にしか、過去の高杉と目の前の高杉が同一人物と判らない程に、その風貌も顔付きも変わっている。
見た目で判断してはいけないが、友好的な人物には到底見えない。
「久しぶりに逢った恋人に随分とつれねぇな銀八」
飄々とした口調は本当に高杉なのか?
「……誰がつれないだ。こっちは忙しいんだ。そこを退け」
軽自動車がやっと通れるほどの道幅を塞ぐように立たれて、退くように促すしてみるが、どうやら退く気はないようだ。
それどころか…。
いつの間にか目の前まで近付いてきていた高杉に、強引に眼鏡を外されてしまった。
「なっ!?」
唐突な行動に対応が遅れ、完全に眼鏡を奪われてしまう。
「しばらく見ねえうちに綺麗になったな」
そのまま伸びてきた手で顎を掴まれそうになり、
「触んな!」
素早く、その手を叩き落とした。
高杉はそれを気にするふうもなく、クッ…と笑った。
「いつから泥棒になりやがった。それを返せ」
それを言えば、高杉はまたクスッ…と笑い、「どうせ伊達だろ?」と言いながら、眼鏡を投げて寄越した。
「投げんじゃねーよ!」
それをキャッチした銀八は、眼鏡を掛けなおした。
「……で、何? 俺に用でもあんの?」
強行でこの場を通り抜けることは容易いが、ここで高杉を避けるよりは、用件を聞いてしまった方がいいだろうと判断する。
どんな理由で今更、目の前に現れたのか…?
(昔の家賃払え…とかじゃないよな?)
と…、冗談半分、本気半分に考えていた銀八だったが、
「うっ…わっ?!」
隙を突くように身体を押され、背後の銀杏の木の幹に背中を押し付けられる。
「……っ…うっ……」
強かに打ちつけた背中の痛みに、声が詰まり、
「……痛…ってぇ…な…」
そのままずるり…と、幹を伝うように尻餅をついてしまった。
不意な上に意味不明な高杉の乱暴な行動に、
「いきなり何すんだァ!」
穏やかに済ませようとしていた銀八もキレそうになる。
だが高杉は、そんな銀八を気にする様子も見せない。
それどころか、まるで退路を塞ぐように屈み込み、その両腕で囲まれ、木と高杉の間に閉じ込められてしまった。
「テメェ…なに考えてやがる」
至近距離の高杉に驚く間もなく、
「お前をアメリカに連れて行く為に会いに来たに決まってんだろ。俺と来いや、銀八」
発せられた言葉に耳を疑った。
・・・何を言い出すのか?
「……はぁ!?」
呆気にとられる銀八だったが、
「チケットも住む場所も用意してある。だから俺と来い」
すぐに言葉の意味を理解する。
尋常じゃない高杉の迫力に脳内が白くなるが、呆けている場合ではない。
「ちょっと待ってぇぇ!お前…自分がなに言ってんのか分かってるか?」
そう相手に言い聞かせつつ、自分をも落ち着かせようとする。
けれど…。
「分かってるに決まってんだろ。俺がこんなとこまで来たのは自分のもんを。 テメェを迎えに来たんだからな」
全く噛み合わない会話は、銀八を混乱させる。
「……なに、言ってんだ……?」
「俺はお前を手放したつもりはねぇからな、銀八」
同時に、沸々と怒りが湧き上がってきた。
何故、ここまで勝手な台詞を黙って聞いているのか?
「……黙れ」
呟いた制止は聞こえていないのか?
高杉は身勝手な言葉を続けてくる。
「テメェは俺のもんだ」
そんな身勝手な言葉に苛立った銀八は、
「黙れって言ってんだ!」
声を荒げて制止した。
苛立つ感情のまま、自分を拘束しようとする高杉を突き離そうとして…。
(……え?)
瞬間、視線が合った。
(……あれ?)
その視線に、違和感を覚える。
狂気を宿した眼に、噛み合わない会話…。
だが今の高杉の視線は至極まともで、当初に見た狂気は感じない。
……まさか?
何が目的でこんなことをしているのか判らないが、高杉が正気だと気付く。
「……しん、……高杉…お前ぇ?」
晋助…と呼ぼうとして高杉と言い直したのは、無意識だった。
「……随分と他人行儀に呼ぶようになったじゃねぇか」
クスリ…と笑う高杉。
挑発するような笑いにも銀八は惑わされず、そんな高杉の様子を注意深く見た。
「……お前、いつから役者になった?」
僅かにピクリと揺れた高杉の肩に、やはり違和感は気のせいじゃないと確信する。
「……わざと、ムチャクチャなこと言ってんだろ? 何が目的だ?」
感じた違和感を指摘すれば、そのまま高杉の肩は断続的に揺れ出し、とうとう声を上げて笑いだした。
「何だ。あっさりとバレちまったか」
チッ…と舌打ちして、
「お前を混乱させて、連れていっちまおうと思ってたんだがなァ」
とんでもないことを言った。
「バレちまったかじゃねーよ。どんだけ悪趣味なことしやがんだ」
笑いながら立ち上がった高杉にホッ…としながらも、別の怒りが湧き上がる。
「怒んな。これくらいインパクトのある再会の方が面白れぇだろ?」
「面白くねーよ!全然面白くねーよ!!大体インパクトも何も再会自体がいらねーんだよ!」
思わず怒鳴れば、高杉はいつの間にか笑うのを止めていた。
(……あっ)
酷い言葉を投げ付けた…と、後悔する。
「そうだな。お前にとっては再会自体がいらなかったな」
けれど、それを撤回する気にはなれなかった。
「……用がそれだけなら、さっさと帰れ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
自分を見る高杉の目が、昔のままだと気付いてしまった。
「暫く会わねえ間に、随分と言うようになったじゃねぇか」
「……おかげさんで…ね」
「もう俺は必要ねえか?」
確認するような問いかけに、銀八は躊躇うことなく、
「ああ、いらない」
答えた。
「じゃあな」と背を向けて、高杉は立ち去った。
同時に、「ごめんな…」と聞こえた声は気のせいだったのだろうか?
「……もう遅ぇーんだよ。バカ杉……」
高杉の部屋を出た時から、それぞれの道は分かれてしまった。
学園理事長のお登勢。寺田綾乃に出会ってから、教師という道が出来てしまった。
その時から、互いの道は完全に分かれたのだ。
もし、あの時、高杉が理由を告げて銀八の元を離れていたら?
帰るまで待っていて欲しいと告げられていたら…?
自分は何年でも待っていたのだろうか?
あの時の高杉が何を思い、何を悩んで、銀八に何も告げなかったのかなんて、今となっては知る気にもなれない。
ただ、恋人だったことを除いても、高杉が幼馴染で親友だったことは事実で、一番信じていた人間が何も告げずに自分の前から消えてしまったことが、ずっと尾を引いていた。
「まぁ、たられば…なんざ、どうでもいいか」
考えても仕方ないかと、当初の予定通り、酒でも買って帰ろうと、銀八も早々にその場を後にした。