土銀

□青いんです4
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「金時ィィ!!! わざわざ休みの日に呼び出してくるっちゅうことは! とうとうワシの気持ちに応える気になったがか?」

あれから――

自宅で一人で飲もうと思ったものの、一人で飲む気になれず坂本を行き付けの飲み屋に呼び出した。

ついでに、訊きたいこともあったからだ。

「誰が金時だ! つーか気持ちに応えるって何のことだ!!」

だが、嬉しそうに店に入ってきた男の顔を目にした途端、早速、呼び出したことを後悔した。

「まあまあ、冗談じゃき。そがな怒るなぁて」

ヘラヘラした顔のまま席に着いた坂本は、ヘラヘラした顔のまま店員に熱燗を頼む。

しかし、その顔はすぐに真顔になり、核心部分を聞いてきた。

「そんで? ワシになんぞ用でもあるんがか?」

切り替えの早いヤツ…と感心する。

「……高杉が俺のところに来た。さっき…な」

返事はないが、下を向いて頭を掻き出した坂本。

仕草で、かなり動揺していると判る。

困ったことが起こると髪を掻き毟るのはクセなのだろう。

「……そんで、高杉はおんしに何と?」

「……一緒にアメリカに来い、だとよ」

天気の話でもするつもりで、簡潔に告げると、坂本の顔が少しだけ強張った気がした。











「……おんしに一つ、黙っとうたことがあるんじゃ……」

怒らんきに? と伺ってくる坂本に、話を聞いてから考える…と返せば、坂本は口を噤もうとしたので、

「言わねーと、そのモジャモジャ刈り取んぞ」

軽く脅しをかけた。



脅しが効いたかどうかは不明だが、坂本はポツリポツリと話し始めた。

だが、その内容は銀八が思っていたこととはだいぶ違っているような…?

「高校の入学式で初めておんしを見たとき、東京ばとこちゃあ綺麗な男がおるもんじゃぁ思うて眺めておった。 そんじゃから、おんしと高杉がそがな関係じゃあ知ったときば、ワシにもいつかはおんしと付き合えるチャンスがあるかもしれん思うちょった」

「げ? そうなの?」

それは初耳だ。

…出来れば知りたくなかった。

「……昔のことじゃき。今はそがなこちゃぁ思っとらんき、警戒すんのは止めてくれんかの、金時」

警戒心を表に出した覚えはないが、無意識に引いていたらしい。

「あ、……そう」

(そういえば高杉のヤツが、坂本には近付くなって言ってたような? …これがその理由か?)

泣きそうな顔で言い直す坂本は鬱陶しいが、とりあえず昔のことと警戒心を解く。

「高杉が恩師じゃいう人間を追って大学を辞めたときば、正直、おんしがワシを頼ってくれるんじゃなぁかがと期待しちょったんじゃが、現実は、おんしは誰も頼らんと高杉んとこば出てしもうた」

「………」

当時から隙あらば何かと抱きついてきた坂本だったが、まさかそんなことを思っていたとは夢にも思わなかった。

気付かなくて良かった……と、改めて胸を撫で下ろす。










「……俺のこと。お前に連絡してきた高杉は俺のことを聞いてきたんじゃねーか?」

聞くことを躊躇したが、引っ掛かっている部分を引っ掛かったままにしておくのは気持ちが悪い。

どんな答えを坂本が言おうが、その答えで納得しようと決めているけれど…。

「……実を言うとの。高杉が大学を辞めて半年くらい経ってからなんじゃが、高杉のヤツがおんしと連絡が取れんと訊いてきたときがあっての。 そん時ワシは…知らんと言ってしもうたんじゃ……」

すまん…と謝る坂本に銀八は驚く。

まさかそんな昔の打ち明け話が出るとは思っていなかった。

銀八が聞きたかったのは現在のことである。

「あん時のワシはおんしを泣かせた高杉が許せんかった。 ……じゃけん、人として、友人として最低なことばしてしもうたと、ずっと後悔しちょったんじゃ」

「……えーっと…?」

普段からヘラヘラしている坂本が、申し訳しない…と頭を下げる。

けれど、それは今更で、当時を振り返っても、坂本が罪悪感を感じる必要など全くないのだ。

半年後…といえば、もうお登勢…寺田綾乃と出会って、バイトでホストを始めて、休学していた大学にも復帰している時期だ。

「ま、まあ、昔のことだし。別に謝んなくていいぞ」

銀八が気になっているのは、先程会った高杉の態度。

音信を絶ってかなり経っているはずなのに、自分の最近のことを知っているような素振りがあった。

てっきり坂本辺りに根掘り葉掘り聞き出しているのだろうと思っていた。

「……最近は、何か聞いてねーか?」

高杉が日本に戻って来ていると銀八に教えたのは坂本である。

「ワシには何の連絡もないのう。ワシが高杉んこちゃァ聞いたのは他のヤツからの又聞きじゃ。 大学の事務や先生んとこ顔ば出して、おんしの就職先ば訊いて回っちょる噂ば耳にしたんじゃ」

「……そうか」

アメリカ…に連れて行くというのは、半分は本気だったのかもしれない。

「あん時の高杉は…おんしを手放すことも、恩師ちゅう人物ば追うことも、どっちも選びきれんかったんかもしれんの」

坂本は、ポツリ…と言う。

だったら、今の高杉は…?

聞こうとして止めた。

どこで何をしているのか、何故アメリカなのか解らないけれど、あんな気持ちをぶつけられては、それに応えることの出来ない銀八に知る権利はないのだ。

「……なぁ辰馬。何年か、…いや何十年か経って、お前も、高杉も嫁さんもらって、子供でも産まれて、そしたら同窓会でもしてーな」

全て過去のことと他人事のように笑える日がきたら…。

「おお!そうじゃの」

嬉しそうに坂本は頷く。

頷く坂本と話を合わせながら、銀八は痛み出した胸をこっそり押さえる。

長い年月をかけて抜けかけていた棘が、高杉との再開によって再び皮膚の中に潜り込んでしまったような気がして…。

銀八は途方に暮れそうになっていた。
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