七色の家族

□第八章 陽だまりの幼子
3ページ/5ページ


その翌日は土曜日で私は休みだったけれど、銀時達は万事屋の依頼があり、朝から仕事に出掛けていた。

突然の来客があったのは、夕方のことだった。
ピンポーン、とインターホンが鳴って玄関へ行くと、ぬっと黒い人影が立ちはだかっていた。私が警戒して足を止めると、訪問者は低くくぐもった声で言った。

「すいません、神楽ちゃんいますか?」
「…………」

こんな、絵に描いたような怪しい人物を、私は初めて見た。
ボロボロのマントに古ぼけた襟巻き。包帯を顔にぐるぐる巻きにして、ゴーグルで目許を隠している。声色や背格好からして中年男性だが、とても神楽の知り合いとは思えない。私の頭の中には、“青少年を狙った性犯罪”の文字しか浮かんでこなかった。

(コイツ、ほんとに神楽と面識あるのかしら。でもそれを訊いたら、神楽がここに住んでるって教えるようなモンだし……)

考えを巡らせながら、私は身重の体で、そのうえ何一つ武器を持ち合わせていないことを後悔していた。

「あのー……」

暫くして、不審者は居間の方を指差して言った。

「神楽ちゃんが帰ってくるまで、中で待たせてもらっていいかな」
「なっ……!」

なんという図々しさだ。狙っている少女の自宅に侵入して標的を待とうなど、大胆不敵にも程がある。
そこで私は、とっておきの切り札が残っているのを思い出した。こうなったら、“彼”に頼るしかない。

私は肺いっぱいに息を吸い込むと、

「定春ー!!」

と叫んだ。直後、バン!!と音がして引き戸が弾き飛ばされ、居間から定春が飛び出してくる。
私の声に危機感を感じたのだろう。定春は目を血走らせ、歯を剥いて不審者に飛びかかろうとしている。私は咄嗟に体を臥せた。

「定春、コイツを押さえ付けて!」
「ワン!!」

定春は勇ましい跳躍を見せると、不審者の頭上めがけて襲いかかった。
すると不審者は咄嗟に避けようとしたのか、背後から傘を取り出した。その傘、どこかで見覚えがあるな。そんな考えが過ったと同時に、ぶちぶちっ、と嫌な音が響いた。

「痛ェェェエ!」

不審者が情けない声で叫ぶ。
ふと顔を上げた私は、思わず吹き出しそうになってしまった。どうやら定春が帽子と一緒に髪の毛を食いちぎったらしく、不審者の頭は、生え際を残してツルッツルになってしまった。

「ギィヤアアアア!俺の髪がァァァァ!!!」

不審者の、絶望した叫びが玄関に反響した。
ちょうどその時、扉がガラッと開いて、仕事から帰ってきた万事屋一行が姿を見せた。

「ただいまヨー」

万事屋の玄関には、ハゲた不審者と、僅かな髪の毛をくわえた定春と、狼狽える私と。この状況を一体どう説明するべきか。そう思った時、神楽がきょとんとした表情で尋ねたのだ。

「あれ、パピー?どうしたアルか。なんで家にいるアル」
「えっ?…………パピー!?」



◇◇◇



星海坊主と言えば、 第一級危険生物の駆除をして宇宙を回る、最強のえいりあんばすたーであることは、警察筋の間でも有名である。
神楽のお父さんが、銀河に名を轟かす最強の男だとは聞いていたけれど、まさか休みの日にふらっと万事屋にやって来るなんて思いもしなかった。彼の傘に見覚えがあったのは、神楽が日除けで持ち歩いている傘と似ていたからだが、それ以外似ているところは見当たらない。だって顔の包帯を取ったら、ツルツル頭にちょび髭のオジサンだもの。きっと、神楽は亡くなったお母さん似なのだ。

それよりも、私はとんだ無礼を働いてしまったことを猛烈に後悔していた。すっかり無惨な頭となった星海坊主さんに向かって、私は丁重に謝罪した。

「あの……早とちりしてすみませんでした。神楽を狙った性犯罪者にしか見えなくて……」
「謝って済むなら警察は要らないんだよ。どうしてくれるの。せっかく植毛したのに、傷害事件ものだよコレ」
「あの、私一応警察なんですけど……」

私達の不毛なやり取りに痺れを切らしたのか、銀時が口を挟んでくる。

「最強の男が頭髪ごときに文句垂れてんじゃねーよ。どうせ植毛なら、また植えればいいだけの話だろーが」
「貴様、そんな風に楽観してると後々痛い目に合うぞ!若い頃から染髪やらパーマやらで髪の毛痛めつけてる奴はな、三十路越えたらヤバイから。生え際からジワジワくるから」
「こりゃあ地毛だ!」

漫才のような掛け合いに、私は笑いを堪えながら二人を見る。物怖じすることもなく宇宙最強の男と口喧嘩するなんて、銀時も肝が据わっている。

やがて、星海坊主さんは銀時と私の顔を交互に見比べ、私の出っ張ったお腹をまじまじと見つめた。

「……しかし貴様、神楽ちゃんから結婚したとは訊いてたけど、まさかカミさんが赤ん坊身籠っているとはね」

そしてやけに怖い顔をして、私に向かって言った。

「オイあんた、大丈夫なのか。こんなちゃらんぽらんに父親としての務めが果たせるなんぞ、本気で思ってるんじゃあるまいな。子どもの未来がかかってるんだぞ」
「えっと……」

困って銀時を見ると、“こんなちゃらんぽらん”と揶揄された彼は、青筋を立てて星海坊主さんを睨み付けた。

「聞き捨てならねェなァ、オイ。ハゲてねェ時点で俺の方が数倍マシだろ。お前の父ちゃんハゲって馬鹿にされるガキの気持ち、考えたことあるか?ハゲ親父の存在だけでなァ、子どもはいずれあんな頭になっちまうんだって、幼くして絶望を味わってるんだぞ!?」
「銀ちゃん、ソレ私の話アルか?」
「……ったく、減らず口は相変わらずのようだな」

星海坊主さんは呆れて溜め息をつくと、マントを羽織って立ち上がった。もう帰ってしまうのか、そう思った時、

「オイ、行くぞ。ついてこい。父親というものが何たるか、俺が教えてやる」

と、星海坊主さんは銀時を外へと誘った。
銀時は怪訝そうに眉をひそめて尋ねる。

「?ドコに行くんだよ。喧嘩ならやらねーぞ」
「馬鹿言え。その、アレだ……結婚の祝儀を忘れちまってな。代わりに奢ってやるっつってんだよ」
「え、マジで!?いいの?」

途端に銀時の表情がほころぶ。
彼はいそいそと支度をすると、星海坊主さんと連れ立って、夕暮れ時のかぶき町へと繰り出していった。

ふたりを見送って、私は新八にこっそり耳打ちをした。

「銀時と神楽のお父さん、仲が悪いのかとヒヤヒヤしたけど、そうでもなさそうね」
「二人とも、神楽ちゃんの保護者みたいな存在ですからね」

と、新八は笑った。
神楽に会いに来たと言いつつも、結局飲みに行くなんてやっぱり男同士だ。どことなく銀時が楽しそうに出掛けるのが嬉しくて、もしかしたら星海坊主さんに父親の影を見ているかもしれないと、そんな想像をしていた。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ