七色の家族

□第八章 陽だまりの幼子
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銀時と星海坊主さんが飲みに出掛けてから、新八は早めに志村家へ帰宅した。私と神楽は万事屋に二人きりになり、応接間でだらだらと夕方の時代劇ドラマを見ていた。

トイレに立って戻ると、神楽はいつの間にか眠ってしまっていた。

「あーあ、もう。こんな所で居眠りして……」

彼女は長椅子にうつ伏せになって、ヨダレを垂らしながら寝ていた。何とも気持ち良さそうな寝顔を眺めているうちに、私まで眠くなってきた。
妊婦というのは難儀なもので、トイレが異様に近くなって夜中に頻繁と起きるものだから、日中もやたらと眠かったりする。疲れた時には無理をせず、横になりましょう。そんな風に看護師さんに言われたのを思い出して、私はタオルケットを二枚引っ張り出してきた。そして一枚を寝こけている神楽にかけて、もう一枚にくるむようにして、長椅子に横になった。

目を閉じて、そっとお腹に手を当てる。ぴく、と胎動を感じて、私は微笑みながら眠りに落ちていった。



◇◇◇



(ああ、暖かいな……)

眠っている私は、ふと膝の上に感じる確かな温もりと重さに気付いた。目を開けると、橙色の明るい髪の毛と、見覚えのある髪飾りが目に飛び込んでくる。

(あれ?神楽……?)

私の膝の上には、ぐんと幼くなった神楽がちょこんと座っていた。多分、まだ一歳に満たないくらいだろう。私は夢の中で、神楽の母親になっていたのだ。
そして私は、自分の命がこの先長くないことを知っていた。神楽の母親は幼い頃に病死している。その事実を、私はこれから己の身に起こることとして、自然に、冷静に受け止めていた。

幼い神楽は私の膝で、紙でできたカラフルな鞠で遊んでいる。小さな手を動かして、鞠を右から左に持ち換えてみたり、握ってみたり。
子どもというのは、本当に何もかも小さくて未熟で、ふんわりと柔らかく温かい。コロンと丸い後ろ頭を眺めながら、私はぼんやりと考えた。

(この子が大きくなる頃には、私はもうここにはいないのか……)

それは、淋しさとも悔しさともつかない感情だった。
子より早く、親が人生の終りを迎える。それは当然の摂理だけれど、願わくば我が子の成長を出来るだけ長く見ていたいと願うものだ。

この小さな子が、いずれ自分の足で立ち、親の手を離れて己の道を歩き始める時がくる。いつか、持てる力を振り絞って、自分よりはるかに高い壁を飛び越えようとするかもしれない。底無しの谷のような、深い絶望に落ちるかもしれない。そんな時、背中を押してやることや手を差し伸べてやることが出来ないのは、何と情けないものだろう。
何より残酷なのは、母の命の短さを知らず、無邪気に膝の上で遊ぶ幼子を置いて先立たねばならないこと……

(残りの寿命で、私はこの子に何をしてやれるんだろうか)

小さな頭を撫でながら、私はそんなことを考えていた。
親の仕事は、子どもを慈しみ無償の愛情を注ぐこと。それは死んでしまったら、もう叶わないことだろうか。

「まー」

すると神楽が、首をくるりと捻って私を見上げてきた。真っ白い肌に映える澄みきった蒼い瞳と視線が合い、私はあまりの愛らしさに破顔していた。
この子の可能性に溢れる未来の前では、私の出来ることなんて限られている。きっとこの子は私が思うよりずっと、強く逞しく生きるのだろう。


いつか訪れる未来、こんな小さな幼子でも、己の足で好きな場所へ行けるようになる。夜兎の住処のように、雨ばかり降る閉ざされた世界ではなく、明るく輝かしい己の居場所を、自分自身で見つけることができる。

その時は、夜空を見るように教えよう。母さんがいなくなったら、もしその時が来たら、母さんはお空の星になるのだと。星になれば、広い宇宙のどこにいても、見守っていられるから。

だから、つらいことがあったら空を見て。そして母さんのことを思い出して。
まるで陽だまりのようなあなたの温かさ。私はずっとずっと、忘れない……



暫くして、私は揺り起こされて目覚めた。どうやら神楽が先に目覚めたらしい。寝ぼけ眼を擦りながら目を開けると、彼女は興奮して私を覗きこんでいた。

「今、マミーの夢見てたアル!ずっと昔、私が赤ちゃんだった頃……一緒に遊んだ時の夢だったネ!」

ところが神楽の表情がみるみる翳り始める。彼女は困ったような顔で私に尋ねた。

「……千晶、何で泣いてるアルか?」
「えっ」

目の下が冷たい。知らず知らずのうちに、私は神楽の顔を見ながら泣いていた。

しつこく理由を聞かれたけれど、私は適当に誤魔化した。そうでもしないと、また泣きそうになってしまうからだ。
もし替わってあげられるなら、ほんの一時でもいい。天国の神楽のお母さんと入れ替わることができたら、立派に成長した我が子を抱き締められるのに。


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