七色の家族

□第九章 未来へ続く願い
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個室ビデオ屋に依頼の品を届けてから、俺達は万事屋へと戻った。
帰り道、通り過ぎる家々から晩飯時のおいしそうな匂いが漂ってくる。今頃我が家でも、千晶が仕事から帰って、きっと飯を作りながら待っているだろう。そう考えるとどうもニヤけてきてしまって、俺は新八と神楽の手前、悟られないように明後日の方を向きながら歩いた。


「帰ったぞー」
「おかえりなさい!」

帰宅した俺達を、千晶が台所から顔を出して出迎えた。カレーを煮込む匂いが廊下を満たしている。料理が苦手な千晶が唯一失敗しないで作れる料理がカレーらしく、我が家は頻繁に食卓に並ぶようになった。


テーブルを囲んで、神楽が大盛りのカレーにかぶりつくのを眺めながら、俺は千晶にさっきのガキ共の話をした。

「今日な、仕事から帰る時によ」
「うん」
「お腹の子の性別。神楽は女がいいんだとよ。でも新八は、男がいいとさ」
「あら、そうなの」

新八と神楽はお互いを敵対視するように睨み合いながら、黙々とカレーを食っている。その様子に苦笑しつつ、千晶は、

「二人とも末っ子だし、異性の兄姉だものね。私にも兄がいたけれど、やっぱり、同性の兄弟が欲しいなと思ったことがあったわ」

と、他界した兄を思い出すように、懐かしそうに言った。

「兄に意地悪をされたり、男友達と遊ぶのに熱中して私に構ってくれなかったりした時は、姉さんや妹がいたらいいなあと思ったわ。それに、思春期にさしかかると女同士でしか話せない事がたくさんあったから、なおさら女きょうだいが羨ましかった。神楽の気持ちは、分かるなぁ」
「新八はアレだろ。弟分でも出来りゃあ、ちょっとはシスコンが緩和されると思ってんだろ。姉上っ子だもんなァお前」
「〜〜〜間違ってはいませんけど、僕の周りは年上の方ばっかりですから。僕だって、兄貴分に憧れがあるんですよ」

新八がそう主張すると、神楽は忌々しそうに舌打ちをする。

「新八の分際で兄貴分なんて、ちゃんちゃらおかしいアル。百年早いネ」
「ちょっとォォ神楽ちゃん!?それはいくら何でも言い過ぎでしょ!」
「まあまあ。どっちが生まれても可愛がってよ。この子にとっては、アンタらが兄さんと姉さんみたいなものなんだから」

千晶がそう言って笑うと、新八と神楽はつられるようにして、渋い顔で笑った。


千晶の腹の子どもは、順調に育っていた。妊娠七ヶ月目に入って、彼女のお腹はますます大きくなったように思う。前屈みになったり仰向けの姿勢だと、腹が圧迫されて苦しいらしい。寝る時は座布団を足に挟んで、決まって横向きに寝るようになった。

それから急に腹がでかくなると、妊娠線とやらが出来ることがあるそうだ。産後も消えずに白い線になって残るらしく、千晶はものすごく妊娠線を恐れていて、風呂上がりにはいつもデカイ腹を出して熱心にクリームを塗っている。(本人は内緒で塗っているつもりだろうが、みんな知っている)
それにどうしても腹がせり出てくるせいか、腰や背中に痛みを感じる時もあるようだ。そりゃあ、華奢な体に重たい砂袋を四六時中ぶら下げてるようなものだから、想像以上に疲れるのだろう。千晶は何でもないことのように振る舞っているが、俺は無理をするなと口煩く言っていた。

不安や気がかりなことは尽きないけれど、子どもが生まれるのは待ち遠しかった。未だに、俺なんかが父親になることが信じられないけれど、子どもが大きくなったら何をして遊ぼうかとか、きっとすぐに生意気な口をきくようになるんだろうなとか、想像は際限なく膨らんだ。
10月に新しい命の誕生を迎えるまで、心配な気持ちと楽しみな気持ちは、毎日交互に俺達の間を満たしていた。



◇◇◇



食事が終わって片付けをしながら、千晶が突然、提案をした。
今夏も間もなく盆が訪れる。彼女はお登勢のバアさんと一緒に、墓参りに行く約束をしてきたらしいのだ。

「墓参り?ババアの旦那のか?」

俺が尋ねると、彼女は当然のことのように頷いた。

「いつもは水戸のお墓参りに行ってるけど、今年はこんなお腹だから、同郷の安島や茅根に代わりにお願いしたの。だから、今年はお登勢さんの旦那さんのお墓参り、みんなで一緒に行こうと思って」
「…………」
「銀時?」
「“みんな”って……俺もか?」
「?うん、そうだけど……」
「…………」

正直、俺は戸惑ってしまった。
忘れもしない。俺がかぶき町で万事屋を開業するきっかけとなったのは、バアさんの旦那の墓で、バアさんに出会ったことだ。雪の降りしきる真冬の日。空腹で死にそうだった時、偶然墓参りに来ていたバアさんに供え物の饅頭を食わせてもらったのが縁だった。
それに、バアさんが次郎長や西郷と一悶着あった時、バアさんが瀕死の状態で寄り掛かっていたのがその墓だ。はっきり言っていい思い出はないし、盆や彼岸に仏壇に手を合わせるくらいはしても、墓参りなんて一緒に行った試しはない。


俺の異変に気付いて、千晶は怪訝そうに覗きこんでくる。

「……銀時?どうしたの」

そのことを、今まで打ち明けたことはない。だがこうなったら、隠しておく理由もなくなった。
俺は手短にかいつまんで、昔の出来事を淡々と話した。千晶はじっと俺を見つめながら話を訊いていたが、その表情は変わらない。いや、努めて変えないようにしているのが分かった。

話し終わると、彼女は意味もなく髪を弄りながら、たどたどしく言った。

「……ゴメン銀時、私ったら、今の今まで知らなくて……」

知らなくて当然だ。俺が言いもしなかったんだから。

俺はあまり自分から、昔話なんてしない。思い返しても何にもならないし、新八や神楽や千晶にとっては、知らなくてもいいことだからだ。
けれど、千晶がそんな顔をするから、打ち明けておいてもよかったんじゃないかと思えてくる。だが、今となってはもう遅い。


俺は言い訳がましく、彼女を諭すように言った。

「お前もそんな腹なんだしよ。墓参りなんて行かねェで、安静にしてた方がいいんじゃねーのか」
「私は平気。むしろ適度な運動は、体にいいの」

千晶が笑顔で言う。無理をして、明るく振る舞っているように見えた。

「新八は、お妙さんと毎年ご両親のお墓参りだから。私は神楽を誘ってお登勢さんと行くけど、銀時も気が向いたら来てよ」

彼女はそう言ったけれど、後片付けを終えて眠りにつくまでの間も、翌朝起きてお互い仕事に行くまでの間も、俺達はどことなくぎこちなかった。
そんな微妙な溝がどうしたら解消されるのか、俺も、多分千晶も、見当がつかないまま日々が過ぎていった。


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