七色の家族

□第九章 未来へ続く願い
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13日、盆の入りの日が訪れた。新八はお妙と一緒に墓参りに行くため、早めに万事屋を上がって帰宅していった。

結局、バアさんの旦那の墓参りに行くか行かないか、決めかねたまま盆の当日を迎えてしまった。千晶との間は相変わらず少しギクシャクしていて、この日が来るまで、墓参りの話題なんて一度も出なかった。


「ただいまー」

三時頃、千晶が職場を早引きして帰ってくる。神楽にせがまれ、浴衣を着付けする約束をしていたからだ。
髪の毛もいつものお団子ではなく、編み込みの二つ結びにしてやったようで、朝顔模様の浴衣をまとった神楽が鏡の前ではしゃいでいる。千晶自身も藍色の浴衣に着替えていたが、腹が出っ張っているのをしきりに気にしながら兵子帯を締めていたので、ちょっと笑ってしまった。


夕方になって、お登勢のバアさんが二階へ呼びに来た。

「そろそろ行くよ。さっさと仕度して出ておいで」
「ハーイ!!」

神楽が元気よく返事をして、巾着袋を振り回しながら廊下を駆けていく。

「あっ、コラ!浴衣で走らないのよ!」

千晶は線香やマッチを揃えながら、廊下に顔だけ出して神楽を叱っていた。俺は手持ち無沙汰のまま長椅子にもたれ掛かり、準備をする彼女を目で追いつつ、切り出すタイミングを窺っていた。
“仕事の電話がかかってくるかもしれないからさ、俺ァ留守番してるわ”。そんな一言を。

暫くして、支度を終えた千晶が言った。

「銀時、無理しなくていいのよ」

彼女はやたら思い詰めた目をして、俺を見た。

「ゴメンね。私が勝手に、お登勢さんに“みんなで行く”なんて言っちゃったから」
「いや、別に……お前のせいじゃ……」

俺は困って頭を掻いた。
だって、千晶が悪い訳じゃない。彼女は俺の心中を察して気にかけてくれてるようだけれど、彼女が何を思ってバアさんと一緒に墓参りに行こうと思ったかは想像がつく。それに、昔のことに拘っているのは多分俺だけだ。バアさんだって、今さら俺が墓参りに行ったって何とも思わないかもしれない。

どのくらい前のことかも忘れてしまったのに、俺は未だに臆病になっている。あの頃、手探りで闇雲に生きるしかなかった時代を思い出すのを。千晶や仲間の面影を追い掛けながら江戸に流れ着いて、独り不安を抱えて眠る夜を、ひたすら積み重ねていた日々を。


「……なァ、千晶」

俺は腰を上げて、彼女の手から荷物を取った。
盆の夕方、皆がこぞって墓参りに行く日だ。いくら待ったって仕事の電話は来ない。電話番なんて、自分に都合のいい言い訳でしかないからだ。

「やっぱり、俺も行くよ。一緒に出ようぜ」



◇◇◇



スナックお登勢の前では、バアさんだけじゃなく、たまとキャサリンも俺達が降りてくるのを待っていた。

「今日は、みんな浴衣アルナ!」

と、神楽が嬉しそうに言う。たまとキャサリンも、珍しく浴衣を着ていた。おそらくバアさんの浴衣を借りたんだろう。キャサリンはまあいいとして、たまが着ている薄紫の桔梗柄の浴衣は、大人っぽくてよく似合っていた。

「お前らも毎年行ってんのか、墓参り」
「ハイ」

たまは頷いて、墓に手向けるだろう菊の花を、大事そうに抱え直した。

「私がここに来てからは、毎年お登勢様と一緒にお墓参りをしています」
「全ク、面倒臭イ習慣デスヨ。盆ト彼岸ノ墓参リナンテ、私ノ故郷デハソンナコトシマセン」

するとバアさんは、お供えものの入った荷物をずいとキャサリンに押し付け、キツい目をして言った。

「昔からの風習をバカにするモンじゃないよ、キャサリン。バチが当たるよ」


それから浴衣を着飾った女達に囲まれるようにして、一行は墓地へ向かった。風が出てきて過ごしやすい夕暮れ時、それでも何となく足取りが重いのは、つい昔のことを思い出してしまうからだ。

あの時は、本当に死にそうなくらい腹が空いていた。空を見上げると重たい灰色の空が広がっていて、吐く息は白く、しんしんと雪が降り続いていた。凍えてしまいそうな程の寒さで、獄衣のまま放浪していたから、手指の先から凍ってしまうんじゃないかとさえ思った。
墓地に辿り着いて、墓の陰で本当に死んでしまうかもしれない。そんなことを考えた時に、バアさんがやって来たのだ。


見覚えのある墓地の入り口に差しかかり、不意に千晶が、そっと俺の腕に触れて言った。

「銀時、見て。きれいよ」

千晶が指差した先には、百日紅(サルスベリ)の花が零れんばかりに咲いていた。花は濃いピンク色をしていて、青々とした葉とのコントラストが鮮やかだった。細い幹からは考えられないほど、空に向かっていっぱいに枝を伸ばして、これでもかと花を咲かせている。
夏の墓地は、四方に夏の樹木が繁って緑に溢れていた。ジージーと忙しなく蝉の鳴き声が鳴り響き、蒸れた土の匂いに満ちている。浮浪して流れ着いた冬の日、あの時に見た景色とは、まるで様子が違っていた。

涼しい日陰を歩きながら、千晶は目を細めた。

「緑が多くて、こんな場所で眠れたら気持ち良さそうね」


バアさんの旦那の墓は、前もって掃除をしていたのだろう。雑草はきれいに除かれて整然とした佇まいだった。
菊の花を丁寧に活けて、お供えものはいつかと同じ饅頭。順番に線香を手向けてから、バアさんは素焼きの平皿とおがらを取り出した。

「13日は盆入りって言ってね、ご先祖様の霊が迷わないように、目印の迎え火を焚くのさ。盆明けの16日には、送り火を焚いてお見送りするんだよ」

バアさんは平皿に上におがらをのせて、マッチで火をつけた。橙色の炎が立ち上ぼり、風に揺らめきながら燃え始める。

「さ、順番に跨いどくれ」
「ハ?跨ぐ?」

俺は初めて知ったのだが、江戸では迎え火や送り火の火を跨ぐ習わしがあるらしい。焚いているおがらの上を跨ぐことで、病気から身を守ることが出来るのだそうだ。
神楽が火の煙る皿の上をピョンピョンとウサギのように飛び越え、続いて千晶がでかい腹を抱えるようにしながら、ペンギン歩きのような滑稽な動きで火を跨いでいた。

辺りを見渡せば、暮れかけた墓地のあちこちで迎え火が焚かれていた。暖かい色をした炎が燃える様子は幻想的でもあり、毎年毎年繰り返し、こうして故人の魂を迎え思いを馳せているのだろう。

俺はどちらかというとキャサリンの意見に近くて、墓参りなんて古くさいしきたりだと思っている部分もあった。けれど、故人を忍ぶだけじゃない。火を焚いて、懐かしい人の魂を迎え……繰り返していく度に、どれだけ辛い別れを経験していても、それが過去のものとして、大切な物へと変わっていくんだろう。
墓前を見つめるバアさんの目は穏やかで、俺はそんなことを考えていた。


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