七色の家族

□第九章 未来へ続く願い
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墓参りからの帰り道、近所の公園ではこじんまりとした盆踊り大会をしていた。

公園の中央に立てられた櫓の上から、四隅に連なるように提灯が灯されて、櫓の回りを囲んで町内会のジジババ達が踊っている。ちらほらと子どもの姿が見受けらたものの、若い衆の姿はなかった。こういうのに参加するのは、大体どこでもガキか年寄りしかいない。

「ねえ、何でわざわざ盆の夜に踊るアルか?」

神楽が千晶に尋ねると、彼女は笑顔を浮かべて盆踊りを眺めながら言った。

「盆踊りっていうのはね、元々お盆にご先祖様の霊が帰ってきた時に、労るために始まった踊りなのよ」
「昔は初盆の家を回って踊ったり、町内を踊り歩いたりしたモンだけどねェ。こんな風に公園でやるようになってから、随分経つんじゃないかい」

お登勢のバアさんがそう言うと、千晶は肩をすくめて笑った。

「子どもの頃は喜んで参加したものだけど、この歳で踊るのは、ちょっと恥ずかしいですね」

俺は面白がって、神楽の腕を肘で小突いた。

「踊ってこいよ、神楽」
「えー、いやアル。銀ちゃんがひとりで行けばいいネ」
「俺ァ腹躍りしかできねーよ」

公園の外でそんな会話をしていると、顔見知りの町内会のオヤジに見つかってしまったらしい。
オヤジは俺達に向かって大きく手を振りながら、

「おや、お登勢さんに銀さんじゃないかい!こっちに来て一緒に踊ろうや!」

と誘ってきた。
俺は面喰らって、後退りした。千晶の言うとおり、いい歳をして盆踊りというのは、なかなかに勇気がいる。どんな躍りかも覚えていないし、何より大の男が手拍子をとって踊るなんて。

「いやぁ、俺はちょっと……」
「何言ってんのさ、行っといで。若いのが混じるだけで活気が出るんだから。ホラ、神楽も、アンタらも!」

俺は断ろうとしたが、バアさんがそうさせなかった。バアさんは強引に、俺と神楽、たまとキャサリンを盆踊りの輪の中にブチこんでしまった。
千晶は妊婦だから、そしてバアさん自身は腰が痛いからというのを理由に、見物を決め込んでいる。本当に、女という生き物はズルい。

「オジサンに倣って踊ればいいからね〜!!リラックスリラックス!!」

オヤジが全く無意味なアドバイスをしながら、やたらオーバーな盆踊りを披露し始める。だが、器用に踊っているのはたまと神楽で、俺とキャサリンは一人だけ違うタイミングで手拍子を取ったり、前後の人とぶつかったりしたものだから、何度も周りの笑いを誘っていた。

「銀時ー、がんばってー!」

お腹を抱えて笑いながら、千晶とバアさんがヤジみたいな声援を送ってくる。遠巻きに見ると、ふたりは仲のいい母娘にしか見えなくて、そんなことを考えていたらオヤジの足をぎゅうと踏んづけてしまっていた。


櫓の回りを何周踊った頃か、音楽が止んで一段落がついた。
参加賞のお菓子とジュースをもらってご満悦の神楽と、涼しい顔をしたたまに比べて、俺とキャサリンは汗だくでフラフラだった。慣れないことをするとやたらと疲れる。間違いなく年のせいだ。

「暑ィ……。汗ベトベトでスゲー気持ち悪ィ」
「家に帰ったら、みんなでそうめんでも食べようよ」

と千晶が言って、帰るように促した。
公園を出ると、辺りはすっかり日が暮れて、街灯の下に羽虫が群がっていた。急にいつものかぶき町の風景へ戻ったようで、迎え火や盆踊りの提灯の明かりが、何だかとても遠く思えてしまう。


かぶき町を歩き、万事屋の看板が見えてきたところで、バアさんが独り言みたいにポツリと呟いた。

「こんなに賑やかな墓参りは、初めてだったねェ」

その一言を、俺は何度も何度も噛み締めるようにしながら、家までの道を歩いた。



◇◇◇



話したくない過去や触れてほしくない出来事というのは、きっと誰にでもある。千晶はそのことをよく分かっていて、あまり自分のことを語らない俺を勘繰りもせず、無理に聞き出そうともせず、一緒にいてくれる。

例えば戦。仲間が死んでいった記憶。救えなかった命。
重たくて鎖のような記憶は、いくら時を重ねたって薄らぐ訳ではない。夢に出てくることだってあるし、時折どうしようもなく、頭を無茶苦茶にかきむしりたくなる時だってある。

でも、今日墓参りに行ったことで、あの冬の日の記憶は、胸の奥の方へとそっと仕舞われた気がした。そうしてもっと時間が経ってジジイになる頃には、あんなこともあったなと、懐かしく話せる時が来るのだろう。



夜、最後に風呂から上がって和室に行くと、千晶がガラス戸を開け放って網戸にしたまま、髪をとかしていた。
外から、涼しい夜風がぐんぐんと入ってくる。扇風機を回しているみたいだった。

「いい風が来るな」

俺は濡れた頭をタオルで吹きながら、千晶の隣に座った。

「今日、いつもより沢山歩いただろ。疲れてねェか」
「大丈夫」

彼女はすっきりした顔で笑って、銀時、と言った。

「今日、一緒に行ってくれてありがとう」

俺は小さく首を横に振った。礼を言うのは、むしろ俺の方だった。

そっと手を伸ばして、千晶の膨らんだお腹に触れてみた。じんわりと暖かく、確かにこの中に命が息づいているのが分かる。
ここに俺達の子どもがいる。そう思うと、子どもへの愛情より先に、俺達の子を身籠っている彼女を、この上ないほどいとおしいと思った。


俺はふと思い付いたことを、彼女に訊いてみた。

「なァ。お前さ、子ども何人欲しい?」
「えっ……えー?……うーん、男女一人ずつくらいでちょうどいいんじゃないの」
「お前に似たガキだったらさ、野球チーム作れるくらい、いてもいいかも」
「ハア!?」

千晶は大袈裟に驚いて、急におっかない顔をして言った。

「アンタ何言ってんのよ。子ども一人育てるのだってねえ、教育費とか諸々お金がかかってすごく大変なのよ?」
「ハハッ、冗談だよ」

真面目に答えるのが可笑しくて、俺は笑いながら彼女の手を握った。

本当に九人ガキが欲しいなんて、思っちゃいない。彼女みたいに暖かくて、きれいな心の持ち主だったら、そのくらいいても困らない訳で……

要は、それだけ彼女を愛してるということが、少しは伝わっただろうか。


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