七色の家族

□第九章 未来へ続く願い
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盆が過ぎても、相変わらず暑い日は続いていた。日中は強い陽射しがジリジリと照り続け、外にいるだけで体力が奪われる。

その日の仕事は、いつぞや依頼を受けた個室ビデオ屋の、宣伝用のティッシュ配りだった。
“品揃え抜群、ソフトドリンク飲み放題……”派手な文字で書かれた宣伝文句がティッシュの片面に踊る。冷房の効いた涼しい部屋でエロDVD見放題なんて、むしろ俺が行きたいくらいだ。


「銀ちゃん、万事屋って夏休みないアルか」

炎天下の下、町行く人に機械的にティッシュ配りをしていると、神楽がそんなことを言う。

「あァ?夏休みィ?仕事が無くて自動的に夏休みになる時期なんて、いくらでもあるだろーが。つーかお前なァ!」

俺はキレて神楽を睨み付けた。なぜなら彼女はティッシュを配るどころか、エアコンの効いた近くのコンビニの中に避難していて、自動ドアが開くタイミングで話しかけてくるからだ。

「神楽テメーいい加減にしろよ!?梅雨明けしてからお前マトモに仕事してねーぞ。ちったァ真面目にやりやがれ!」
「酷いヨ銀ちゃん!!私がいつぞやみたいに入院してもいいアルか!?」

自分だけ優雅に避暑している奴が、何を言っても説得力に欠ける。
ギャアギャア喚く俺達に呆れながら、新八は額の汗を拭った。

「銀さん、そろそろ休憩しましょう。このままじゃ、熱中症になっちゃいますよ」

新八の一言で俺達はコンビニでチューパットを買い、日陰で涼んだ。
アイスの表面につく水滴や、喉を通る冷たくて甘ったるい感覚。暑い時期に食べるのは格別だ。
暑い暑いと言っている間に夏はあっという間に過ぎてしまって、例えば海へ行くとか祭りへ行くとか、何かしらのイベントを逃してしまうのは毎年のことだ。

「あーあ。もっと、夏らしいことしたいアルな。また、そよちゃんとスイカ割りでもしよっかな」
「えっ………えェ〜?姫様には悪いけど、僕はちょっと遠慮したいな……」
「俺もご遠慮願うわ」

そう話していた時、コンビニの駐車場に警察の車が停まった。真選組の公用車である。
その中から、見覚えのある三人が出てきた。

「ゲッ、真選組!」

この暑い日に、揃いも揃って暑苦しい制服を着込んだ連中に出会してしまった。

「旦那ァ、“ゲッ”はあんまりでさァ。俺達ャ盆も関係無く、庶民のために市中見回りしてるんでィ」

沖田くんが運転席から出てきて、後部座席からゴリラ局長が、片手を挙げて降りてくる。

「万事屋!千晶さんの体調はどうだ?赤ん坊、男か女か分かったのか?」
「いんや」

俺は笑いを堪えながら答えた。
子どもの性別は、顔見知りに会うたびに訊かれる。その度に、生まれるまでのお楽しみと言って笑う千晶を思い出すから、悪い気はしないのだ。

俺はここぞとばかり、ムサい男共に言ってやった。

「しかし、テメーらもいい歳なんだからよォ。いつまでも野郎ばっかりでつるんでいねェで、各々身ィ固めたらどうだい」
「余計なお世話だ!テメー自分が子どもこさえたからって、上から物言うんじゃねーよ腹立つ」

ゴリラの後からニコチン野郎が出てきて、青筋を立てて喚く。その隣で、ゴリラがやたらソワソワし始めた。

「おっ、俺は……お妙さんという心に決めた人がいるからなぁ!!お妙さんの心の準備が出来るまで……」
「あー、ハイハイ。分かった分かった」

この不快指数の高い時期に、オッサンのコイバナを聞いてなおさら不快になる趣味はない。早々にお帰り願おうとした時、車から別の隊士が出てきて、コンビニのガラス扉に貼り紙をし始めた。目を凝らして見る。

「えーっと……交通規制?何。ここいらで何かあんのか?」
「知らねェんですかい。来週は江戸の花火大会でさァ。旦那はどーぞ、腹のでけェ奥さんと一緒に見に行きなせィ」
「沖田くん、人をデブ専みたいに言うのやめてくんない?つーか今年の花火って、確か……」

色々と慌ただしくてすっかり忘れていたが、大分前に千晶と話した記憶がある。今年の花火は、お妙も一緒に行くとか何とか……。
新八を見ると、奴はにっこりと笑って言った。

「姉上なら、“すまいる”からお休み貰えたって言ってましたよ。一緒に行けるそうです!」
「本当か新八くん?!」

俄然、勢い付いて食いついてきたのはゴリラだった。

「って事は、お妙さんを花火に誘っちゃったりしても大丈夫ってことだな!?一緒に花火大会に行けるってことで、いいんだな!?」
「いつ姉上があんたと行く約束したんですか。姉上は、僕達と一緒に見に行くんですよ」
「近藤さん、あんた花火の日は会場警備の責任者だぞ。毎年俺達総出で、警備と交通規制にかり出されてんだろーが」

新八と土方に同時に諭されて、ゴリラはシュンと肩を落とした。市民が祭りに浮かれていても仕事を免れない、奴らも難儀な職業だ。

その時ふと気付いたように、新八がでも……、と言った。

「……今年は、近くまで花火を見に行くのは難しいでしょうね」
「?」
「花火の会場なんて、芋洗いみたいなモンですよ。千晶さんが大きなお腹で、人混みに行くのは心配じゃないですか」
「まァ、確かになぁ」
「ただでさえ、熱中症だのアルコール中毒だの、毎年搬送される連中が後を絶たねーんだ。悪いが、妊娠中の女性にはご遠慮願いたいね」

と土方が言う。その言い方にムカッ腹が立つが、奴の言うことは正しい。俺だって、人混みにもみくちゃにされるのが分かっていて、わざわざ千晶を行かせたくはない。

「そんなら、今年は俺と千晶は留守番だな。お前らだけで行ってくればいーじゃねェか」
「…………うん」

神楽は元気なく頷いて、淋しそうに呟いた。

「花火、皆で見に行こうって言ってたのアネゴアル。きっと、残念がるアルナ」


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