七色の家族

□第九章 未来へ続く願い
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そうして、大江戸花火大会の日がやって来た。

初めて千晶と花火を見たのは、もう何年も昔のことになる。どんなに忙しくても時間を作って、花火を見てきた。二人っきりで、いい雰囲気で見た時もあるし、新八や神楽と一緒に桟敷席を場所取りして、出店の食べ物を飲み食いしながら賑やかに見た時もある。

そんな恒例行事だけれど、今年は俺と千晶は留守番だ。もし具合が悪くなったら、人混みの中で何かあったら。妊婦の千晶は心配事が尽きないし、何より腹が出てくると膀胱が圧迫されて、やたらトイレが近くなるらしい。花火大会の風物詩、簡易トイレに並ぶ大行列を思い出しただけで、千晶はあっさり留守番を了承した。


だが、お妙が渋っていた。今年の花火は一緒に見ようと、随分前から千晶や神楽と約束していたのを気にしているらしい。

「千晶さんが行けないのは仕方ないけれど……私達だけで行くのも、何だか申し訳無いわ。毎年欠かさず見ている花火ですもの。みんなで見れる方法があったらいいのに……」

夕方、万事屋に新八と神楽を迎えに来たお妙が、そう残念がった。
千晶が励ますように、明るい声で言う。

「お妙さん、いいのよ。万事屋(ここ)からでも音は聴こえるし、運が良かったら、建物の間からちょっと見れるかもしれないし」
「だけど……」

お妙はなおも迷っている。一度約束した手前、律儀に一緒に見れる方法を考えているのだ。彼女らしいけれど、花火が始まる時間は刻々と迫っていた。

「オイ、いい加減行かねェと、桟敷席で見れねーぞ。新八と神楽連れてそろそろ………ってアレ?」

俺は、家の中がやけに静かなのに気付いた。

「アイツら、もしかして居ねェのか?」
「……アラ?そう言えば……。新ちゃんと神楽ちゃん、どこかに出掛けてるのかしら」

それから暫くして、玄関の音が開く音がしたかと思うと、新八と神楽が頬を紅潮させて応接間に駆けてきた。

「銀さん!千晶さん!!」
「アネゴ!!私達、いい方法見つけたネ!」



◇◇◇



新八と神楽は詳しいことは明かさずに、俺達を外へと連れ出した。

花火大会の会場へ向かう人達で、町中が賑わっていた。浴衣を着て手を繋いだ若い男女が、俺達を小走りに追い越していく。俺はつい昔の俺と千晶の姿を重ねてしまって、あんな頃もあったなと、年寄り臭く昔を懐かしんだ。


「ここですよ!」

どのくらい歩いただろうか。新八が示したのは、花火が打ち上がる河原に程近い、十階建てくらいの雑居ビルだった。
神楽の先導で、ぞろぞろとビルの中へ入っていく。ボロいエレベーターにすし詰めになり、俺達は上へと昇った。
不安を隠せない様子で、千晶が新八に尋ねた。

「……ねえ、大丈夫なの。不法侵入よコレ。見つかったら大変よ?」
「大丈夫ですよ。上に着いたら分かります」

エレベーターを降り、非常階段を昇ると屋上へ出た。そこでは、真選組の制服を着た少年が俺達を待ち構えていた。

「万事屋さん、待ってましたよ!」

やたらキラッキラした目の、ベビーフェイスの隊士である。この特徴的で強烈なキャラ、忘れるはずがない……のだが。

「お前は!!……えーっと、誰だっけ」
「ええっ!?ひどいなぁ万事屋さん、名前を忘れるなんて。自分、佐々木鉄之助です!」
「あなた確か、土方副長の……」

見廻組の千晶は、鉄之助と多少の面識があるらしい。ふたりが簡単に挨拶を交わしている間、俺はビルの屋上をぐるりと見渡した。
真選組の隊士は、鉄之助だけではなかった。他に四名ほど、各々双眼鏡を手に下を見下ろしたり、トランシーバーを片手に通信したりしている。

俺は鉄之助の首根っこを掴まえて尋問した。

「オイテメーら、こんな所で堂々覗きか?職権濫用も甚だしいな」
「ハア!?覗きじゃありませんよ!アレを見てるんです!」

鉄之助が指差した方へ、屋上を囲む柵から身を乗り出してみる。視線を降ろすと、少し遠いが河原沿いの桟敷席が一望できた。屋台の明かりが煌々と並び、人が群がって波のように動いているのが分かる。そして視線を上に向けると、花火の打ち上げ場所が正面に見えた。

「あんな人混みの中じゃあ、警備に限りがありますから、こうして屋上を借りて不審者やトラブルがないか見張ってるんです。大変なんですよ、お祭りやイベントがある度に、僕らは警備ですから」
「へえ、そうかい。……ってことは……」

俺はもしやと思って空を見上げた。風にのって、花火大会の開始を告げるアナウンスが遠くから聴こえてくる。新八と神楽が俺達を連れてきた理由に、ようやく察しがついた。

鉄之助が、空を指差して言う。

「あっ、始まりますよ!」

次の瞬間、ひゅるるっ、と花火の打ち上がる音がした。そして、ドォン!!と俺達の目の前で、巨大な花火が弾けた。

「ちっ、近ェ……!!」

花火の火の粉が目ン玉に向かって、飛び込んできたのかと思った。
屋上から見る花火は、地上と比べて相当の至近距離だ。花火がそのまま、頭上へと降り注いできそうな錯覚さえ感じる。あまりのド迫力に、千晶やお妙は吃驚して立ち竦んでいた。

きっと新八と神楽が真選組の誰かにとり合って、警備場所に立ち入る許可を取り付けてきたのだろう。ここなら間違いなく、人混みもなく安全に、みんなで花火を見れる。

「私、もっと近くで見たいアル!」
「姉上も千晶さんも、一緒に前の方で見ましょう!」
「ーーーうん!」

新八や神楽に促され、千晶とお妙は手を取り合って特等席に陣取る。警備の隊士達の間に割り込んで、柵のギリギリまで身を乗り出すのだ。そうすれば、一番、花火を近くで見ることができる。

花火は立て続けに打ち上がり、夜空にパッと目映い光が広がる。同時に四人から高らかな歓声が上がって、顔いっぱいの笑顔の花が咲く。
俺は、カラフルな光に照らされて輝く、奴らの笑顔を遠巻きに見ていた。


暫くして、屋上に真選組の隊士達が上ってきた。誰かと思ったら、ゴリラや土方、沖田だった。
俺は皮肉を込めて言った。

「アレ?おたくら警備とか言ってませんでしたっけ?職務放棄も堂々としたモンだなァ」
「花火が始まっちまえば、誰しも花火見物に夢中さ。ちょっとくらい休憩しても、バチは当たらねェだろ」

土方はそう言って、千晶達から離れた場所で煙草をくわえて火をつけた。ゴリラや沖田は、お妙や神楽の所へちょっかいを出しに行っている。
俺は礼を言うべきか何と言うべきか迷って、結局曖昧な言い方をした。

「なんだ、その…………気ィ回してもらったみてーだな」
「あァ。下に急病者が出た時のために、救急車両が止まってある。嫁さんの具合悪くなったら連れていけ」
「お前さァ……縁起でもないこと言わないでもらえる?」
「もしもの備えに決まってんだ……っつーか近藤さん、もう戻んのか?!」

なぜか、来たばかりのゴリラが猛ダッシュで会場へ戻ろうとしている。どうやらお妙や神楽から頼まれて、アイスと屋台の食べ物を調達しに行ったらしい。警備の責任者がパシリをやっていて、果たして大丈夫なんだろうか。

そうしている間にも、花火はいっそう華やかさを増して、赤や青、緑、鮮やかな光を撒き散らしながら夜空を彩っている。
でっかい花火が次々に弾ける様子を見ていると、言葉を発するのが億劫になる。美しいものを目の前にすると、言葉を忘れてしまうのだ。俺達はみんな、夢中になって空を見上げていた。


暫くして、突然、土方が尋ねた。

「オイ。どんなモンなんだ、父親になるってェのは」
「……よく分からねェよ、そんなん」

俺は正直に答えて、花火を見上げる千晶を眺めて呟いた。

「アイツのことは、労ってやらなきゃ、護ってやらなきゃとは思うけど……。ガキは、多分生まれてくるまではピンとこねェな。
でも、ガキがでかくなったら何をして遊ぼうかとか、考えるのはなかなか悪くねェ」
「へェ。そんなモンかい」

土方がニヤニヤしながら言う。からかわれていると分かったので、俺は仕返しに言ってやった。

「何、お前もガキこさえたくなったか?千晶に頼んで、見廻組の事務の女の子でも紹介してやろーか」
「ほざけ。生憎、俺達にゃあ江戸を護る使命があるんでね。ガキ一人でもテメェで持っちまったら、お役目が果たせなくなっちまう」
「真面目だねェ、お役人様は」

俺が笑うと、土方も低い声で笑った。
そして、いつの間にか喧嘩をおっ始めた神楽とドS小僧や、宥めにかかる新八や千晶を見つめた。花火のチカチカと眩しい光を背に、奴らの表情はとても生き生きとして見える。

土方が、感慨深げに呟いた。

「そうは言っても……、人の親になったり、誰かを愛したり、命っつうのを護ることの意味や重さは、全然次元が違ェモンだろうなァ。きっと」


一年前も、俺と千晶は花火を見た。その時は、子どもを授かるなんて予想もしなかった。
夏が終わって季節が巡れば、俺達の子どもが産まれている。それにこの先、ここにいる誰かが子どもを産んだりして、また賑やかになって、俺達は歳をとっていくんだろう。

時が経てば経つほど、変わらないということは難しくなる。でも、俺達は万事屋のままで、真選組は気に食わない税金泥棒のままで、何十年経ってもこの町のどこかにいて。
そうしてジジイになっても、当たり前のように同じ場所へ立っていられたらどれだけいいだろう。夜闇を照らす煌々とした花火を目の前にして、そう願わずにはいられなかった。


花火が一段落ついた頃、土方は沖田を引っ張って会場の警備へと戻っていった。入れ違いに、アイスと焼きそばを買い込んで、ゴリラがダッシュでやって来る。
その時千晶が、なぜかお妙の側をスッと離れて俺の隣にやって来た。

「土方さんと沖田さん、仕事に戻っちゃったのね」
「?……お前、花火見てなくていいのかよ」
「アンタも鈍感ねぇ。アレよ、アレ」

千晶が小さな声で耳打ちして、お妙の方をちらりと指し示す。ゴリラがお妙とふたりで花火を見ようとしているのを、新八と神楽が躍起になって阻止しているところだった。

千晶は配慮して、そそくさと下がってきたというのに、俺は苦笑して言った。

「アイツら、少しは気ィ利かしてやってもいいのになァ」
「ホントね」

俺達は顔を見合わせて笑って、ドォン、ドォン……!!と花火が上がるのを、並んで見上げた。
千晶は腹に手のひらを沿えて、小さな声で、きれいだねえと呟いている。腹の子と一緒に音を聴いているのだと、一緒に見ているのだと。俺はそんなことを考えた。


「ふたりで見た花火も良かったけど、皆で一緒に見ると楽しいわね」

と、千晶が言った。

「来年は、この子とも一緒に見よう」




子どもが生まれたら、教えてやりたいことが沢山ある。日々の暮らしは慌ただしく過ぎて、思い描く通りにはならないかもしれないけれど、出来る限りのことをしてやりたい。

いつかの将来、子どもがデカくなって、一緒に酒でも飲めるようになったら、俺自身のことも少しは話してみよう。
そして、この町にいる酔狂な連中の話をしよう。特別仲良くもないただの腐れ縁。でも、一緒に住んでいなくとも、血の繋がりや縁故がなくとも……

家族のような存在だということを。



(第九章 完)
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