鬼と華

□花兎遊戯 第五幕
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簪ひとつすらこの身から剥ぎ取って、晋助の目の前で裸になるのは、いつ以来になるのだろう。仄明るい行灯の明かりに照らされた己の肢体を見下ろしながら、薫は沸き上がってくる羞恥にじっと耐えていた。

鬼兵隊の活動の場が宇宙(そら)まで広がり、総督の晋助が多忙を極めるようになってからは、着物をたくしあげて性急に交わる時が多かった。それなのに今宵は、晋助は薫の襦袢から腰紐から、一糸纏わぬ姿に剥いてしまった。

「晋助様……私だけこんななりじゃあ、不公平よ」

薫が小さな声で懇願すると、晋助も数秒と経たないうちに、着流しから何から手ずから脱いだ。薫の側に膝をつき、片眼を覆う包帯を巻き取る。均整のとれた肩や背中が目に飛び込んできて、目のやり場に困ってしまう。彼女は唇を噛んで明後日の方を向いた。

(やっぱり、恥ずかしい)

素肌を晒して向かい合う、それだけでもからだが火照って鼓動が早鐘を打ち始める。まるで、これから初めて肌を重ねるかのようだ。
暫くして、晋助が薫に覆い被さり、体重をかけないようにそっと抱き締めてきた。同時に、互いの素肌がじかに触れ合う。

「ーーー暖かい。晋助様」

全身にくまなく体温を感じて、薫は深い溜め息をついた。逞しい肩甲骨に腕を回す。安堵と言うには足りないほどのこの気持ちを、何と表現したらいいのだろう。顔を傾けると、晋助は優しい眼をして微笑み、彼女を見下ろしていた。

敵を相手にすれば、冷徹な眼で容赦なく刀を振るう攘夷志士、鬼兵隊総督の名を背負う男でも、その肩書を取り払えば、こんなにも穏やかな表情をする。そのことを、この広い宇宙で知るものが他にいるだろうか。
生まれたままの姿で抱き合うと、心も無垢になる。嫉妬や不安、二人をもやもやと取り巻いていたものは全部剥がれ落ちて、胸が詰まるほどの愛しさだけが残った。切ないくらいだった。


「薫」

と、晋助が顔を上げて言った。

「春雨の船で、三日三晩、あのガキと隣だったな」
「ええ、奇遇にも」
「何かされたか?」
「頑丈な壁に阻まれていましたから。何もありませんでしたよ」
「謡曲を教えるくらいだ。話はしただろう」
「雑談程度ですよ」
「何の話だ?」
「ふふ、秘密です」
「俺には言えないことか」

薫はとうとう堪えきれずに、声をあげて笑った。

「晋助様でも、そんなことを気にするのね。可笑しい」
「気にしちゃ悪ィかよ……」

晋助の手が徐に伸びて、薫の手首を重ねて頭の上で押さえつけた。それが合図になった。徐々に顔が近付いてきて、瞳を閉じると同時に唇が重なった。晋助は頬や額に啄むような口づけを繰り返しながら、両手で薫の乳房を包み込み、人差し指の先で硬くなった先端を捉えた。
円を描くように捏ねあげられ、薫は悩ましい吐息を漏らしてからだを捩った。

「あ、っふ……」

彼女の弱点は、隈無く知り尽くされていた。晋助の手指は器用に動いて悦びを導きだし、深く、深く溺れさせていく。

やがて彼は薫の片足を抱え上げると、そのつま先に口づけた。そのまま踝から脹脛、膝の裏側へと、唇でゆっくりと辿っていく。
薄い唇が、時折開いて肌を優しく食む、その様を見つめているだけでも、彼女の肌はますます熱を持ち、脚の間は滴るほどに濡れていった。

「あうっ……!」

太腿の内側の柔らかい部分を強く吸われ、薫は悲鳴をあげた。ちりりとした痛みが走るものの、今はそれすら心地いい。
晋助のひんやりした手が臀部から腰の周りを撫でていき、彼女は思わず腰を浮かせてねだった。だが、彼は何も気づかない振りをして、反対側の太腿に唇を寄せる。

「いや、晋助様……あ、意地悪、しないで……!」

薫は涙声で懇願した。からだの奥がじんじんと疼いてむず痒く、おかしくなりそうだった。彼の手を取ろうとしたものの、するりとかわされてしまう。

「待ちきれねェか」

知っているくせに、晋助はそんな風に焦らして薫の脚の付け根を甘噛みする。

「何が欲しい。教えてくれ。お前の言葉で」
「っ……」

脚の先までがじんじんと痺れて、感覚がなくなりそうだ。喉元まで言葉が出かかるが、甘ったるい喘ぎに変わって溢れ落ちていく。


晋助は暫くの間薫の反応を面白がってから、ようやく彼女に覆いかぶさった。自分自身の先端が水をまぶしたように濡れている。待ちきれないのはお互い様だと思いながら、泉のように溢れてやまない場所へ、ひたりとあてがった。
暖かい粘液で濡れそぼり、ひどく滑りがいい。何度も擦るようにしながら薫を見下ろすと、彼女は肩で大きく息をしながら、虚ろな瞳でその時が来るのを渇望していた。

「柔らかくて、熱い。唇みたいだ」

指先で女陰を押し開くと、ナデシコの花のような薄い赤色の秘裂が現れた。ゆっくりと彼女の中に侵入する。ぬかるみに押し返されるような感覚、構わず奥の方へとぐっと腰を進ませると、途端に彼女は背中を弓なりに反らせて、切なげな悲鳴をあげた。

「ッん、あ、ーーあぁ……!」

次の瞬間、彼女の腰が震え膣内が強く締まった。断続的な収縮を繰り返しながら、晋助を包み込んで脈打っている。
焦らされて焦らされて我慢がならなくなり、とうとう挿入されただけで達してしまったのだ。晋助は笑い混じりに、熱い息を吐いて言った。

「お前の、こういう所を、“可愛い”というのさ」

薫は涙の膜がはった瞳で、ぼんやりと晋助を見つめた。したいようにして、そうは言ったけれど、この人は本当に狡い。どうして欲しいか、何が欲しいなんてとうに分かっている筈なのに、わざと意地悪をして反応を愉しんでいる。
けれど、そんな風に翻弄されても、悔しいくらいに体は晋助を求めていた。体の奥が叫び悶えている。まだ足りない、と。

「晋助様……」

薫は彼の首に腕を回して、黒髪の間に指を差し入れた。頭をかき抱くようにすがりつき、掠れた声で懇願する。

「お願い……もっと、して」

晋助はああと短く返事をすると、彼女の肩に額を押しあて、ゆっくりと律動を始めた。猛り立った熱が襞を抉り、奥深くまで侵入してくる。
薫は堪らずに、彼の背中に腕を巻き付けてしがみついた。初めて体を捧げた時も、こんな風に必死だったと思い出す。

やがて彼は薫の腰を抱え上げるようにして、上から腰を打ち付けてきた。全てが彼の目の前に曝け出され、恥ずかしいと思う間もなく、電流のような快感が突き抜けていく。

「っく、んあ、あ!」

薫の甲高い悲鳴が天井にこだまする。暫く抽送を繰り返したあと、晋助は、ハ、と熱い息を短く吐きながら、彼女を横向きにして片足を抱えあげ、背後から貫いた。

「ひっーーー!」

内側からぞくぞくとせりあがってくるような感覚。薫は宙に浮いた脚を突っ張って、続けざまに与えられる強い快感に翻弄されていた。耳許に聴こえる晋助の呼吸が、徐々に荒く早くなっていき、やがて彼は、

「まだ、足りねェか」

と、薫の耳朶を包むようにして囁いた。その声に余裕がない。彼女は朦朧とする頭で首を左右に振った。晋助のものが、彼女の一番奥の深いところで、膨れ上がっているのが分かったからだ。

薫は晋助の腰を手のひらで抱きよせて、後ろを振り向いた。吸い付くように唇が合わさり、一気に舌の奥が絡まる。同時に腰を痛いくらいに掴まれて、穿つように激しく突き上げられた。
彼女が擦りきれそうな悲鳴をあげて達するのとほぼ同時に、奥の方で晋助が弾けて、熱いものが迸った。


無限に広がる宇宙の中で、今この場所、この瞬間だけ時が止まっている。言葉にできない充足感に包まれて、薫は白い世界の彼方へ飛んでいくような錯覚にとらわれた。身体が一気に弛緩して、床に沈むように崩れ落ちる。

「薫……」

意識を手放す前に彼女が見たのは、己を見つめる、情熱と慈しみに満ちた瞳だった。


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