鬼と華

□黄鶯開v 第二幕
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夕暮れ時、旅籠への道を、疎らに灯る街燈が照らし始めた。道の脇に残った白い雪は、一日の陽を浴びてだんだんと解け始めている。雪解けのあとには春の泥濘(ぬかるみ)が現れ、草木が萌え、生き物たちが動き始める。

その道を、牡丹模様の長羽織をまとった薫が、息を切らせて過ぎていった。旅籠で待つ大切なひとの許へ、一刻でも早く辿り着きたくて、彼女は道を急いでいた。

「ただいま戻りました!」

旅籠の部屋では、晋助が脇息にもたれ掛かって晩酌をしているところだった。あァ、と短い返事だけが返ってくる。

「遅くなってごめんなさい。お手伝いが長引いてしまって……」

彼女は加賀山とサキの分の夜の食事を作り、屋敷の掃除をしてから帰ってきたのだ。

「晋助様、今日は何をして過ごされましたか?風もなくて穏やかな日でしたね。加賀山先生のお屋敷でも、ウグイスが鳴いて……」

子守に夢中だった薫は、晋助が加賀山邸を訪れていたなど気づきもしない。
サキと話をし、わらべ歌を聞かせて久久をあやしてやり、旅籠へ戻る前にも、眠っているのを見届けてきた。充実した、楽しい一日だった。

薫は着物から寝間着に着替え、鏡台の前で髪をとかした。一日中働いて疲れてはいるが、表情は晴れ晴れとしていた。今晩はどんな風にして過ごそうか、そう思って晋助の方を振り返ると、彼はやけに暗い目をして、じっと薫を見つめていた。

「……晋助様?」

彼は脇息を乱雑に払うと、ゆらりと立ち上がった。そして大股で彼女の側へ寄ると、

「今朝の続きだ」

と、薫の腕を強引に引き寄せて、投げ倒すように彼女を組み敷いた。
そんな風にされたことは一度もなかったので、薫が驚いて見上げると、彼はこれから人を殺しにでも行くような沈んだ瞳をしていた。どうやら酔っている訳でも、悪ふざけをしている訳でもなさそうである。

「し、晋助様……?」

晋助は無言のまま薫をうつ伏せにすると、寝間着を腰の上まで捲り上げた。突然空気に触れた彼女の肌が、一瞬にして粟立った。そして現れた秘裂を押し開かれたと思うと、彼は指で無茶苦茶に弄んだ。
強すぎるくらいの刺激に、薫はくぐもった悲鳴をあげた。

「んんっ…っ、あ……どう、なさったの……」

背後で衣擦れの音がする。薫がぎょっとして振り向くと、晋助が着流しをはだけて、彼自身を後ろからあてがう所だった。

「うっ……!」

少しだけ湿ったそこを、無理矢理こじ開けて晋助が入ってくる。薫は苦悶に呻いて、額を布団に押し付けた。めりめりと肉襞が押し開かれる感覚は、快感とはほど遠い痛みだった。

彼は薫の腰骨を強く掴むと、激しく腰を打ちつけた。肌と肌がぶつかり合う音が天井に響く。彼の抽挿はがむしゃらに強く、子宮が破けるかと思うほど奥深くにめり込んでくる。

「っ……う、……」

あまりの痛みに声すら出ない。薫はかたく目を瞑り、奥歯を食いしばった。

体は前の方前の方へと逃げるが、その度に腰を強引に引き寄せられる。体の痛みだけではない、こんな風に、乱暴に扱われることなんて今まで一度もなかった。それがとてつもなく恐ろしくて、何故これほど荒々しく抱こうとするのか、思い当たる節がない。

薄目を開けて、背後を窺おうとした時だった。

「俺の子どもが欲しいなら」

晋助が放った一言に、薫は目を見開いた。

「あんな薬を飲むのはやめちまえ……!」

腰を掴む手に、骨がひび割れるかと思うほどの力がこもる。彼の手のひらは信じられないほど熱く、反対に彼の心は、まるで凍てついた氷のようだ。

彼が肌に触れる時、時に激しく攻められることもあるけれど、どんな時でも優しさがあった。けれど、今はその欠片もない。焦燥にも似た、激しい怒りだった。

「爺さんに漏らしたそうじゃねェか。子どもを持てる女が羨ましいと」
「えっ……?」
「じゃあお前は、何の為に、薬なんか飲んでいやがる」

晋助は昏い瞳で、じっと薫を見下ろしていた。

「俺がいつ、ガキはいらねェと言った?……それとも、どこかに子どもを持ちてェ男でもいるのか」
「んむ……っ!」

口の中に、無理矢理に晋助の指が入り込んできた。舌の上を引っ掻くように、指の腹に唾液をのせてから、彼の指は薫の脚の間に忍び込んだ。
蟻の門渡りを指で繰り返しなぞってから、彼は菊門に指をぐ、と捻じ込んできた。

「あっ!そんな、とこ……あ、い、いや、いやっ!」
「力を入れるな。余計に痛いぞ」

ぐいぐいと親指が中に入ってくる。周りの皮膚を柔らかくしようと、指は菊穴を暴いていくが、奥に進むにつれて鈍い痛みが増していった。

「いっ……痛、い……止めて晋助様……」

弱々しい懇願は晋助の耳に届くことはなく、何度言っても彼は止めなかった。薫は酷い仕打ちに堪えながら、ぼろぼろと涙をこぼした。
そして泣きながら、彼と共に歩くと決めた、絶望の淵にあった頃を思い返していた。


仲間が幕府に捕縛され、鬼兵隊が壊滅したのは攘夷戦争終結の頃。二人は世界に復讐を誓い、その時から晋助と薫は、胸の内に同じ闇を抱えている。
だが晋助には、それより以前にも、奥深くに根づいた闇を持っている。敬愛していた師を失った悲しみである。

彼は由緒ある家を勘当されても、それにも関わらず、仲間と共に師の背中を追いかけた。そして師を失った憎しみにうちひしがれ、彼の中には長らく憎悪の塊の獣が巣食うようになった。その深淵を、薫はどうやっても知り得ることはできない。
だがその一方で、もし師との出逢いがなければ、この世を憎むほどの激情を知らずに、穏やかに生きて行けたかもしれないと、そんな風に思ってしまう。師を奪われた時から、彼の眼は復讐を見据え、その為に生きているのだ。それからというもの、誰とも分かち合えない孤独や悲しみを、晋助が胸に飼い馴らしているのを薫は知っている。

せめてその一分だけでもいい、彼に抱かれることで、孤独を受け止めてやりたかった。薫が薬を飲み続けているのは、その為でもある。

今まで、その気持ちのほんの寸分も、晋助には伝わっていなかったのだろうか。
そう思うと、痛みとは別の涙が止めどなく溢れて、また薫の頬を濡らした。



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