鬼と華

□黄鶯開v 第五幕
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夜、薫がふと目を覚ますと、目の前に眠る晋助の顔があった。規則正しい寝息をたて、呼吸のたびに長いまつ毛が揺れていた。
包帯を外した左目の瞼には、微かな傷痕が残っている。それを除けば、彼の寝顔はとても幼くて、利発な少年の頃を彷彿とさせた。

(もう、何年前のことになるのか……)

薫は長州の湯田村の屋敷で、父に連れられて初めて晋助と会った時のことを思い出した。
あれから積み重ねてきた幾年もの年月、つらい出来事は数えきれない程あったけれど、彼の傍にいることを後悔したことは一度もなかった。


「ねえ、晋助様」

薫は晋助の髪に指をやり、そうっと撫でた。

「子どもが産まれたら、何処か人の少ない場所で……小さな家でいいの。そこで暮らしましょう」

彼を起こしてしまわないように、小さな小さな声で、囁く。

「誰も私達を知らない場所で、晴れた日には外を歩いて、季節の花を見て……手を繋いで歩きたい。三人で」

薫は晋助の頭を抱き寄せると、己の胸にかき抱いた。黒髪が揺れて鼻先をくすぐる。いとおしさに任せて、頭のてっぺんに頬を擦りよせた。

「きっと、幸せよ……」

溢れそうな愛情で、胸がいっぱいになる。
彼が胸に抱える孤独や憎しみの、その全てを分かち合えなくても、彼を苦しめる何事からも、護ってやりたいと思う。もしかしたら我が子を抱くというのは、こういう気持ちなのかもしれない。

寝物語に語った夢がいつか現実となるのか、それとも夢のままで終わるのか、今はまだ分からない。けれど愛しいひとの温もりを抱く微睡みの中では、彼女が語った幸せが、遠い未来に二人を待っているような気がした。


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