SHORT STORYA

□Words of love movie
1ページ/6ページ


レンタカーは山の中、緑のトンネルを抜けていく。
ジリジリと注ぐ真夏の日差しを、青々と茂った木々の葉が日傘代わりになって遮ってくれる。窓から差し込む木漏れ日は、照らしては陰ってを繰り返しながら肌の上を駆け抜ける。

「もうすぐ着くぞ」

片手でハンドルを操りながら高杉さんが言った。黒いTシャツにブルーのジーンズというラフな格好に、サングラスがさまになり過ぎている。ナビシートに座る私の右半身は、ずっと緊張で強張ったままだ。

彼は暑いな、と呟いてドリンクホルダーに手を伸ばした。ペットボトルのミネラルウォーターを取ると、喉仏が上下に動いてぐいぐいと飲み干していく。逞しい首筋には、うっすらと汗が滲んでいた。
その様子を横目で見ていると、彼は私にペットボトルを渡してきた。

「お前も飲むか?」
「あ、ありがとうございます……」

ペットボトルの表面の水滴が、木漏れ日を受けてきらきらと輝いた。飲み口をじっと見つめる。

(これ飲んだら間接キス……)

中学生みたいなことを考えていると、

「どうした。車酔いでもしたのか」
「いっ、いえ!何でもありません」

私は彼がしたように、一息に水を飲んだ。買ってから暫く経った水は冷たいのか温いのかどちらともつかない。喉を潤す感覚よりも、胸の小さなドキドキが気になってしまう。仕事ばかりに追われて過ごしたこの夏、ようやく、本当の夏が来たような気分だ。



 〜Words of love movie〜



羽田から飛行機で一時間、空港から車でまた一時間。レンタカーはようやく目的地に到着した。
と思いきや、着いたのは未整地の駐車場だった。不思議に思って辺りを見渡していると、

「ここの温泉街は車通れねえんだよ。宿までは徒歩だ」
「徒歩……」

高杉さんはトランクから、私のボストンバッグをひょいと肩にかけて先に歩きだした。

私達がやってきたのは銀山温泉というところだった。江戸時代に大銀山として栄えたのが名前の由来になっているらしく、いつだったか旅行雑誌で見た昔ながらの景観に憧れて、いつか行ってみたいと思っていた。

駐車場から坂を下っていくと、川の両側にずらりと温泉宿が並んでいた。映画のロケでも始まりそうな、レトロな木造建築の建物ばかりだ。
ふと、見覚えがある景色が目に飛び込んでくる。大きなお宿の前に架かる赤い橋、どこからか湯煙がのぼる光景を見た瞬間、私は指を差して叫んでいた。

「コレ、千と千尋の!ジブリの!あれに出てくる温泉宿にそっくり!!」

大好きな映画の湯屋によく似たお宿が建っていたので、年甲斐もなくはしゃいでしまう。
はっと我に返って高杉さんを見ると、彼は笑いを堪えながら、この人関係ありませんという風に知らんぷりをして歩いていた。


温泉宿に着き、私達が案内されたのは二間続きの広い和室だった。鴨居が低いのが何とも昔っぽくて郷愁的だ。荷物を置くなり、高杉さんはキーとサングラスを荷物の上に無造作に投げ捨て、座椅子を枕代わりに横になった。

「悪い。ちょっと休む」

今まではサングラスに隠れていて気付かなかったけれど、目の淵が赤い。明らかに寝不足の証だ。

「もしかして、あまり寝てないんですか」
「遅くまで月曜の資料作ってた」

週明けにある、定例会議の資料のことだ。移動中ずっと眠気と戦っていたとはつゆ知らず、私は申し訳なくなって頭を下げる。

「寝不足だって言ってくれれば、私が運転……」
「お前運転できねえだろ」
「いや、車じゃなくても、電車とかバスとか色々あるじゃあないですか。寝不足で運転させちゃって、すみません」
「いや。俺一人ならまだしも、お前乗せて事故る訳にいかねーし……」

高杉さんは手の甲で瞼を押さえると、長い溜め息をついた。
どうせ寝るなら一人でゆっくり寝かせてあげようと思い、私はハンドバッグを片手に立ち上がった。

「高杉さん、私、その辺散歩してきます。どうぞ休んでてください」
「一人で平気か」
「大丈夫です。旅館の方に、この辺の地図借りていきますから。じゃ、ごゆっくり」

そそくさと部屋を出て一人になると、なんだかほっとした。二人きりでいることに、まだ緊張が解けないのだ。

今夜は同じ部屋に泊まるというのに、私達はまだ、付き合ってる訳じゃない。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ