恋暦
□第三章 桜初開
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志士達が慌てたのは、本来こちらから奇襲を仕掛ける手筈だった敵が、作戦に気付いて先に動き出したからだ。当初の作戦を変更し、攘夷派の志士らは敵の天人との真っ向勝負を余儀なくされた。
戦場では、鬼兵隊が先に向かい、天人を迎え撃った。
後から出発した銀時は、戦場周辺の野山で、敵の天人を相手にしていた。前線で敵とぶつかり合う鬼兵隊が、安々負けるとは限らない。が、隊の背後から不意討ちを仕掛けられては、元も子もない。天人の援軍が攻めてくるのを防ぐため、数人の仲間とともに後方の援護に当たっていたのだ。
野山には、遅咲きの山桜が満開だった。そんな風流な景色とは裏腹に、戦いは死闘を極めた。
元々、後方支援の小隊である。幾つかの敵の援軍を足止めするうち、仲間の数人が討死した。
いつの間にか、敵を止めるのは銀時ただ一人になっていた。
ガササッ!!
草むらで音がして、虎のような出で立ちの天人が数匹、一斉に飛び掛かってきた。
(しまった!!)
と銀時は思った。
現れたのは、犬戌族だった。
数は七匹。対して、銀時一人。凶暴で戦闘能力の高い彼らは、ひとりで相手をするには十分過ぎる。
「くたばれェェェ!!下賤の侍ィィ!!」
大声を上げながら、天人は剣を振り上げて突進してくる。
(ツいてねーな、俺も!)
がむしゃらな太刀筋で襲いかかる天人の剣を、銀時はひょいと交わした。
(背後を取られたら終ぇか……、一気に斬り込むか……!)
一瞬の間に、あらゆる思考が脳内を巡る。てんでばらばらの方向からの攻撃に、一秒たりとも気を緩められない。
ジリジリと後退する銀時は、ドンと山桜の大木にぶつかった。弾みで花びらが舞い、目の前が塞がれる。
(退くか……どうする……!?)
そう思った、次の瞬間。
「ぎゃあっ!!」
「ぐおっ!!」
正面にいた二匹が、奇妙な声を上げながら、ほぼ同時に倒れた。
銀時も敵の天人達も、何事かと目を見張る。
よく見れば、倒れた天人の胸に、矢が一本ずつ突き刺さっていた。
矢は、天人の急所を確かに貫いていた。
(こいつは……!)
次の瞬間、ザッと、山桜の樹の上から何かが降ってきた。
その、細い後ろ姿。
風にたなびく紅い額当て。
銀時は、仲間だと確信した。束に結わえた長い黒髪に、一瞬、小太郎ではないかとも思った。
「お前は……!」
しかし、それは小太郎ではなかった。
黒地の着物に、紅色の脛巾(はばき)。同じ色の帯には、日本刀と脇差しを差している。
薫が、姿を現したのだ。
戦場に不釣り合いな桜吹雪が、彼女の周りを激しく舞っていた。
「もう、残りの矢がありません!」
彼女は手にした長弓を背にかけると、刀を正面に構えた。
矢を射り、敵を撃ち倒したのは、この女だったのだ。
「私も、ここで敵をくい止めます!」
「薫……!」
銀時は、かろうじて声を絞り出した。彼女が現れたことに、ひどく動揺していた。
「何でここにいやがる?!危ねぇだろーが!!」
「昨夜の話をお忘れか」
銀時と並んだ薫は、天人との間合いを測りながら言った。
「貴方が晋助様を護る矛となるなら、私も共に矛になる」
彼女の声は、冷静だった。
しかし、刀を持つ手は、小刻みに震えているように見えた。
静かな怒りか、それとも、戦うことの恐怖か。
「薫、お前……」
銀時が言いかけた時、敵の天人が動いた。
身構える銀時に、再び、薫の声が聴こえた。
「あの人が鬼と呼ばれるなら……
私も、鬼になる」
緋色に染まった桜の花びらが、彼女の周りを包むように舞う。
その瞳に宿る、意思の重さを。
誓いの強さを。
体現するように、彼女は果敢に敵へと斬りかかった。銀時が動いたのと、それは同時だった。
力の限りを込めて、二人は剣を振るった。
(第三章 完)