七色の家族

□第一章 始まりの日に
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それから、駅まで向かうバスを途中で降り、暫く歩いて千晶の生家に辿り着いた。随分とでかい立派な武家屋敷で、流石はかつては藩の要職にあった家系なだけある。母屋と別棟に離れまであり、万事屋いくつ分の広さだろうと考えてしまった。
今の家主は千晶だから、普段は誰も住んでおらず空き家も同然だ。埃だらけの客間を掃除しながら、彼女はポツポツと昔話をした。

幼い頃に千晶の母親が死に、大獄で父親と兄を処刑されたことは昔聞いていたが、近隣には親族の家もあったらしい。だが、大獄の折り身内が捕まったことを危機として、東北の方に逃げたそうだ。そのため千晶の親族は誰一人水戸にはおらず、かつて家族が暮らした屋敷だけが残ると言う。
家族の思い出の残る屋敷を壊すのは、千晶はどうしても出来ないそうだ。庭園の手入れはわざわざ人を頼み、年に数回の墓参りの度に屋敷の掃除をするらしい。彼女の故郷に来て初めて分かったことが、随分と沢山ある。


掃除を一通り終えた俺達は、近所の定食屋で晩飯を食べ、小さい商店でカップ酒を買って帰った。そして客間の襖を開け放って、縁側で並んで乾杯した。
何よりも、そこから見上げる星空が最高の肴になった。江戸と違って、信じられないくらい綺麗な空だった。夜更けでもネオンで明るい都会の空と比べて、闇がずっと深くて吸い込まれそうだ。バケツからばらまいたみたいに、星が燦々と輝いていて、そのうち落ちてくるんじゃないかと思えるほど、光が近くに感じるのが不思議だった。

「いい所だな。静かで、時間がゆっくり流れてるみてえだ」
「江戸にいると、こういう空は見れないものね」

千晶が人知れず守ってきたこの屋敷や、彼女が育った故郷の景色、田舎の澄んだ夜空。いつか、新八や神楽を連れてきて見せてやりたい。
そう思った時、ふいに彼女が言った。

「明日、水戸名物の納豆と梅羊羹を買って帰ろうよ。アンタの家と、あと、お登勢さんとこに」
「そうだな。納豆か。神楽が喜ぶよ」

食べ物に目がない神楽の、いじきたない顔を思い出したら、語弊はあるが、俺にとっての実家はあそこなんじゃないかと思えてきた。

千晶が生まれ育ち、ここで共に暮らしていたのが“家族”であり、ここが彼女の故郷だ。
だが俺にとっての“家族”は、俺がこれまで生きてきた中で、同じ場所に集い築き上げてきたものだ。それは俺が命を張って護っていくものだし、この先の人生、そこで生きていく場所でもある。だから血筋は関係がないし、動物だってカラクリだって、家族だ。
だから離れていても、どこにいたってアイツらを思ってしまう。急遽外泊を決めた今日みたいな日は、ちゃんと戸締まりをしたかなんて心配までしてしまう。

きっと千晶が遠くへ行っても、毎晩のように彼女を思うんだろう。離れていても、いつも心は寄り添っている。家族とは、そういうものだ。


やがて、銀時、と彼女が呼んだ。

「私がいない間、浮気しないでね」

俺は肩を竦めて笑った。

「しねぇよ。つーか、おっかなくて出来ねぇよ。撃ち抜かれそうだもんな、ライフルみたいな銃で」
「ばか」

彼女は俺をどつく真似をして、こてんと肩に頭を預けてきた。
その頭に軽くキスをして、俺は冗談半分に言った。

「お前こそ、あちこち飛び回っているうちに、他の男によそ見すんなよ」
「しないよ」

昼間と違って、今宵の千晶はやたら素直だ。
彼女は、この屋敷の箪笥に眠っていた浴衣を引っ張り出して着ていた。古風で落ち着いた柄のせいだろうか、故郷にいる安心感のせいだろうか。何だか、いつもと少し違って見える。もう何度も何度も見ているはずなのに、彼女の横顔はいつにも増してきれいだった。

少し酔いが回ったのか、ほんのりと頬が赤い。ふっくらとした唇が何だか艶かしくて、かじりつきたくて堪らなくなる。

こんないい夜なのだ。時間が許す限り、千晶に触れて過ごしたい。

「寝ようぜ」
「もう?」

俺は、首を傾げる千晶の手を恭しく抱え上げた。

「今夜は、結婚初夜だからな」

すると千晶は、思いきり俺の手をぺいっと振り払って、そのままぺシッと頬をぶってきた 。

「痛ェェ!」
「ヤメテ!!なんか、いやらしい!アンタが言うと!」

千晶は真っ赤になって喚いている。いやらしいだなんて心外だ、ここで騒がれたらムードもへったくれもない。下心が無いと言えば嘘になるが、そう照れているところを見せられると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。

「煩ェなぁ、本当のことだろ?夫婦になったんだから、俺達」

言ってしまってから、俺はあまりの照れ臭さに悶絶しそうになってしまった。

縁側の行灯を点して、襖を締める。千晶は恥ずかしそうにもじもじとして、布団を敷いた客間に入ってくる。今日はどんな風に愛そうか、なんて思った時、俺は大事なことをまだ言っていないのを思い出した。

「千晶」
「なに?」
「あのさ……」

俺は布団を避けて正座をした。俺の思惑を察したのか、千晶も俺の正面に座った。
姿勢のいい彼女は、正座をしてもピンと背筋が伸びて凛としている。猫背がちの俺も、この時ばかりはと思って胸を張った。両手の拳を膝におき、頭を下げる。

「これからも宜しく。お前のこと、……ずっと大事にするから」
「……こちらこそ、宜しくお願いします」

千晶は丁寧に指をついてお辞儀をした。暫くして顔を上げた千晶の目が、少し赤かった。俺は気付かない振りをして、元通りに布団を直しながらしみじみと思う。

今日、ここへ来れてよかった。
嫁ぐ日の娘の姿を、墓に眠る千晶の親父さんとおふくろさんに見せられてよかった。


俺達は今日、夫婦になる。
夫婦、その響きはまだ実感がないけれど、俺の隣にいる千晶は、いつもより柔らかな表情をしている。それが彼女自身幸せだと思ってくれているからか、そうであることを願う。
よく結婚をゴールインなどというけれど、思い合って十年にもなる俺達の結婚は、これからの人生の通過点にしか過ぎないし、むしろ新しいスタートラインに立ったような気分だ。多分これから、些細な夫婦喧嘩から予想も出来ない大事件まで、沢山のことを千晶と乗り越えていくのだろう。辛い、苦しい、逃げ出したい、そんな風に思う時があっても、乗り越えたら一緒にバカ笑いできるような、そんな夫婦でありたい。



(第一章 完)
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