七色の家族

□第八章 陽だまりの幼子
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どうしてあんな夢を見たのかわからないけれど、もしかしたら星海坊主さんを追いかけて、お母さんの魂も神楽に逢いに、地球へとやって来たのかもしれない。
私はそんなおとぎ話みたいなことを考えながら、ひとり眠る夜を過ごした。


飲みに出ていた銀時と星海坊主さんが帰ってきたのは、翌日の朝早くのことだった。トイレでゲーゲーする音が交互に聴こえたかと思うと、二人は応接間の長椅子に倒れこむようにして、仲良く居眠りをしていた。
彼らは完全に酔い潰れていて、父親の威厳なんて欠片もない。私は意外な気持ちで、酔ったオッサン達の姿を眺めていた。

(この人達、明け方まで一緒に飲む程仲良しだったのね)

“父親とはなんたるか教えてやる”、と星海坊主さんが言っていたのを思い出す。もしかしたら柄にもなく、父親像について語り合ったりしたのだろうか。
どんな話で盛り上がったにせよ、日曜とて万事屋は休みではない。銀時は真っ赤な顔で、長椅子に頬を押し付けるようにして眠っていて、私は彼の肩を掴んで揺り起こした。

「銀時、あんた大丈夫なの。午前中依頼が入ってたでしょ」
「…………」

銀時は薄目を開けて、物凄く恨めしそうに私を見上げてから、長椅子の上で無意味にごろごろしだした。

「飲み過ぎちまったんだよォ〜〜気持ち悪くて依頼どころじゃねェよォ〜」
「何言ってんのよ社会人」

私は銀時の着流しを引っ張って起こすと、背中を押して立ち上がらせた。

「ホラ、早くお風呂入って歯磨いて。酒臭いまま仕事に行ったら、お客さん呆れちゃうわよ!」

そんな私達の様子に気付いてか、星海坊主さんは小さく笑いながら起き上がった。そして颯爽とマントを肩にかけて、荷物を背負う。流石は宇宙最強の男、悪酔いからの復活も早いらしい。

「アレ、もう出掛けるんですか?」
「ああ、そろそろ出るわ。あんまり長居してちゃあ、宇宙船のフライトに間に合わねーからな」

ちょうどその時、押し入れから神楽と定春がのそのそ起きてくる。寝起きの愛らしい娘の姿に興奮したのか、神楽のお父さんは両手を広げて神楽に抱きつこうとしていた。

「神楽ちゃん、お父さん次の仕事があるからそろそろ行かなきゃ!最後に別れのハグを……ぐふぉっ」
「パピーごっさ酒臭いアル!」

実の父親を、神楽は足蹴りで撃退した。

「帰るなら早く帰るヨロシ。それ以上わたしに近寄らないで」

娘に冷たくあしらわれて、神楽のお父さんは悲しそうな顔をして万事屋を出ていってしまった。
顔を洗いに神楽は洗面所兼台所へ、銀時は風呂場へ。ひとり応接間に残された私は、何だか胸がざわついてきて仕方なかった。朝まで飲み明かしていた星海坊主さんは、私が神楽のお母さんの夢を見ていたなど、夜通しずっとそのことを考えていたなど、知るよしもない。
神楽のお母さんは、夢の中に出てきて教えてくれたのだ。親が子を見守ることの尊さを。陽だまりのような、幼い子の温もりを。それを伝えないで宇宙へ見送ってしまうのは、何だか申し訳ないような気がした。


私は玄関を出て、二階の手摺から身を乗り出して下の道を見下ろした。ターミナル方向へ、古ぼけたマント姿の男が千鳥足で歩いている。
慎重に階段を降りながら、私は彼を呼び止めた。

「待ってください、坊主さん!」

立ち止まって振り返り、ジロリと私を睨んでくる星海坊主さん。
お腹を支えて私がゆっくり近付くのを待ってから、彼は不機嫌そうに言った。

「星海坊主だってば。適当に略さないでくれる?」
「あの……ちょっと話が」
「……そんな腹でわざわざ追いかけてきて、一体何の用だ。悪いが、ラブアフェアの相手なら他をあたってくれよ。生憎、オジサン妊婦と情を交わす趣味はないんでね」
「全然違います!」



◇◇◇



ラブアフェア(不倫)ではなく、ハゲに萌えた訳でもなく、私は夢の出来事を伝えたかった。神楽のお母さんがどれだけ我が子を大事に思っていたか、知ってしまったから。

立ち話は疲れるからという理由で、星海坊主さんは近くにあったファミレスに私を誘った。笑われるかもしれないと思いながら夢の話を打ち明けると、星海坊主さんは遠い目をして呟いた。

「……母ちゃんの夢なんざ、俺は久しく見てねえや。ずっと家を開けっ放しで苦労かけちまったから、俺の夢枕には、立っちゃあくれねぇのかもな」

夢の中で神楽とふたりきりで遊んでいたのは、きっと神楽のお母さんがよく見ていた光景だからだろう。
星海坊主さんは笑いを堪えるような、自慢したくてしょうがないような表情で言う。

「小せェ頃の神楽ちゃん、可愛かったろう!昔は日々の成長が楽しみでなァ、仕事から帰る度に、やれ立って歩いただの言葉を喋っただの、母ちゃんが嬉しそうに話してくれたっけ。
ガキなんざァすぐに小生意気な口叩くようになるが、ホントに小せェ頃はただただ可愛いモンさ」
「そりゃあ、可愛かったですよ!柔らかくて、温かくて……」

頭を撫でた感覚を手のひらが覚えているようで、私は自分の手を見下ろした。
それよりも、と話を続ける。

「子どもって小さくて未熟だけど……本当はたくましくて、強いものだって教えてもらった気がします。暗いお腹の中から、無限の可能性を持って生まれてくるんだもの」
「そうだなァ。子どもを育ててるつもりなのは親だけで、子どもは親の知らなぇ間に自分の世界を見つけて、勝手に育っちまうモンさ」

星海坊主さんは少し淋しそうに笑って、低い声で続けた。

「俺ァ一度、神楽を地球(この星)から連れ出そうとしたことがある。だが、神楽に最初に言われたのさ。家庭を放って好き勝手やってた親父に、干渉されたくないとな。身勝手な親父なら、自分も勝手にやらせてもらうと」
「神楽らしいですね」
「ちょっと離れてる間に、一丁前に親父に楯突くようになってやがった。その時思ったのさ……ガキはガキなりの生き方や居場所があって、親の思い通りにゃならねェってな」
「だから連れ戻すのはやめて、たまに顔見に来てるんですね。嫌がられてるのに」
「お前さんねェ……。ま、アンタも親になったら分かる。親は子を自分の分身みてェに思ってるが、今時の子どもにとっちゃあ親なんて、便利なATMと一緒さ」
「ウチの旦那様には、ATMの機能すらなさそうなんですが」

星海坊主さんは違ぇねェ、と言って暫く笑い、窓の外をぼんやりと見つめた。

「まあ、父親と母親じゃあ……少しは違うかもしれねェな。母親は、命懸けで産んだ子どもを護って育てる、使命みたいなモンを背負ってる。俺だって子どもは大事だと思うが、母子の絆ってやつには到底敵わねェだろうよ」

すると、星海坊主さんは徐に片腕の手袋を外して、服の袖を肘まで捲り上げた。そこから現れたのは、精巧に作られた義手だった。

「……ウチは母ちゃんが死んじまってから、おかしくなっちまってね。例えて言うならアニキが非行に走って妹は家出したみたいなモンだから。ガキには親が必要な時期ってのが必ずあるが、こりゃあそれが出来なかった戒めみたいなモンだ。それにガキ共だけじゃなく、俺にも、母ちゃんが必要だったと思うよ。アンタと天パ野郎を見て……そう思っちまった」
「……星海坊主さん」
「“ホントに大事なモンってのは、持ってる奴より、持ってねー奴の方が知ってる”……いつかの昔、天パ野郎に言われたからよ」
「…………」

“ホントに大事なモン”だなんて。銀時は、何を思ってそんな風に言ったんだろうか。
親にとって子がかけがえのない存在であるように、子どもにとっても親は特別だ。いくつになったって、どれだけ長く親元を離れたって……遠い昔に別れたって、親を恋しく思う時がある。
それは、私自身がよく知ってる。

「銀時も私も、昔は家族と呼べる人達が居なかったから……だから、羨ましかったんだと思います。不器用なりに娘を思う、父親の姿が」

私は、肩をすくめて星海坊主さんに微笑んだ。

「それに父親も母親も、どっちかが特別なんてないはずですよ。どんなに忙しくても、はるばる宇宙の彼方から娘に会いに来るお父さんなんて、素敵じゃないですか」

星海坊主さんは照れくさそうに鼻の頭を掻きながら、俯いてしまった。


時計を見ると、宇宙船の出航時間が迫っていた。私は呼び止めてしまったことを詫び、もう一度毛髪の件を謝罪して頭を下げた。
星海坊主さんは苦笑いして片手を挙げると、

「元気な子を産めよ」

と、確かな足取りで去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私はふと、あんなお父さんがいたらいいなと思ってしまった。きっと銀時も、星海坊主さんみたいなお父さんに憧れたのだ。だから、あんなことを言ったんだろう。


星海坊主さんの姿が見えなくなり、家へ帰ろうと踵を返すと、ちょうど仕事へ向かう万事屋三人が向こう側から歩いてきた。

「あっ、千晶アル!」

神楽が真っ先に気付いて駆け寄ってきた。銀時はノロノロした足取りで近付いてきて、酔いの残った仏頂面のまま私の頭をぐりぐりと撫でた。

「お前さァ、ハゲと突然消えるから心配したじゃねーかよ。まさか、ハゲと知り合ってハゲ嗜好に目覚めたんじゃねェだろうな」
「やぁね。そんな訳ないでしょ。銀時、ハゲハゲ言ってるとハゲがうつるわよ」
「やべ。マジでか」
「ねえねえ千晶」

すると、神楽が蒼い瞳で私を見上げてきた。

「なんでパピーと会ってたアルか?何の話してたの?」
「んー?」

私はフフ、と笑いながら教えてやった。

「神楽のお父さんがね、神楽が大好きだっていう話をしてたのよ」
「げえ、キモいアル!」

神楽は吐く真似をしてから、飛び跳ねるように私から離れていった。
そのまま彼らは手を振りながら仕事へ向かって、私は手を振り返して万事屋の三人を見送った。

「行ってらっしゃい!」


我が家は普通の家庭と比べたら、ちょっと風変わりかもしれない。何でも屋を営む父と、見廻組の母と。私達は両親がいないから、子どもにとっては甘やかしてくれる爺ちゃん婆ちゃんがいないことになる。大して裕福でもないし、かぶき町という環境は子どもの教育上よくないかもしれない。

でも、夜兎族の強くて優しい居候の女の子がいて、道場の跡取り息子の従業員がいて、用心棒の犬だっている。下の階にはお婆ちゃん代わりのスナックのママと、家政婦ロボットと猫耳オバサンがいる。そして宇宙には、銀河最強の親戚みたいなオジサンがいて、たまに遊びに来てくれるのだ。

全てにおいて恵まれた環境じゃあないけれど、子どもが自分の世界を拡げていくのに不足はない。こんなに沢山の人に望まれて、護られて生まれてくるんだもの。

私はお腹に手を当てて、そっと囁いた。
大事なものなら、全部、ここにあるよ。



(第八章 完)
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