七色の家族

□坂田家の休日A
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万事屋の玄関をくぐるなり、銀時はいきなり私を抱きすくめた。熱い手のひらが荒々しく背中を抱き寄せ、それだけで腰が抜けそうになる。彼は私の髪に唇を落として、耳の脇にかかる髪の毛をかきあげてから、ぼそりと呟いた。

「……お前、ラー油の匂いする」

私は唇をへの字にして彼を見上げた。長いこと中華屋に居座っていたせいで、独特の油の匂いが髪の毛に染み着いてしまった。でも、そんなのお互い様だ。銀時だって、紹興酒と餃子の匂いがプンプンしている。

「私、お風呂入ってくるね」

私は銀時の腕をすり抜けて脱衣所へ行き、パッパッと着物を脱いで熱いシャワーを浴びた。
髪や肌についた食べ物の匂いをさっぱりと落として、体をしっかりと洗う。いつもより入念な自分に気付き急に恥ずかしくなり、洗面器のお湯を頭からザアッとかぶった。

化粧水を軽く顔にはたいて、急いでドライヤーで髪を乾かした。銀時が待っている。そう思うと気持ちが早いで、髪が半乾きのまま脱衣所を出た。だが、応接間も和室もやけに静かだった。時折一階のスナックから、客が帰っていく声とお登勢さんのお見送りの声が聞こえてきた。

和室からは僅かに明かりが漏れていた。静かに襖を開けると、銀時は敷きっぱなしの布団の上で、シーツも被せずうつ伏せになっていた。

「……銀時?」

声をかけたが、彼はピクリとも動かない。

「寝ちゃったの、銀時」

顔を覗こうと屈むと、ンガアアと変なイビキとともに、お酒の匂いがツンと鼻をついた。

「うげっ!酒臭っ」

銀時の首をぐいと押し退けると、彼は変な寝言をうにゃうにゃと言ってから、深い眠りの中に落ちていってしまった。
帰り道、期待してドキドキしていた自分が滑稽だった。こうなったら眠るしかなく、私は押し入れから自分の布団を引っ張り出して隣に敷いた。

横になった途端に、トロトロとした心地いい眠気が襲ってくる。酔いの残る頭はぼんやりしていて、明日の朝食は何を作ろうかとか、明日はどこに出掛けようかとか、考えたかったことがするすると抜けていった。

やがて銀時が寝返りを打って、彼の顔が私の方を向いた。口が半開きで、頬が赤い。時々鼻の孔がピク、と動いて、子どもの寝顔みたいだった。

(マヌケな顔してる……)

こんな寝顔を見られるのは、私だけの特権。いや……権利と呼べるものでもないけれど、この人の一番側にいられるのは、私にとって何よりも特別なことだ。

行燈の明りを消すと、私は布団から身を乗り出して、銀色の髪の毛に優しくキスをした。

「オヤスミ」




(おわり)


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