鬼と華

□螢夜 第一幕
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京の街、京料理の料理茶屋が軒を連ねる一角に、奥まった小部屋で客人を待つ男がひとり。名を、武平という。

武平という男、京で友禅染を扱う商いをしているが、元は長州の生まれの武士である。攘夷戦争の終戦を機に藩政が廃止された折り、故郷の長州から京へと上り、苦労を重ねて商人となった身である。
元の石高は相当で家柄もよく、長州の名家高杉家とは、遠からぬ縁者にあたる。

武平が、庶民には敷居の高い高級茶屋の、しかも奥まった部屋を押さえたのは理由がある。
他ならぬ、大切な客人を迎えるためであった。


その客、約束の時間に少し遅れて到着した。
茶屋の雰囲気には少々そぐわぬ粗末な着物、伸びた黒色の髪の毛。まるで女性のような端整な顔立ちの浪人であった。左目を覆い隠すようにして、包帯を巻いている。

「お坊ちゃん、お久しゅうございます」

武平は男が現れるなり、手をついて丁重に挨拶をした。そして、男の包帯に気付き、

「おや……まあ、戦の傷ですか。随分とお変わりになって……」

と、痛わしそうに眉を寄せた。
挨拶もそこそこに、武平はさっそく、と言い、風呂敷包みを男に手渡した。

男はそれを受け取り、素早く中を確かめる。箱の中に小判と銭が敷き詰められており、ずっしりと重い。

その男は、深々と頭を下げた。

「色々と迷惑をかけてすまない。この恩は、必ず」
「ああ、よしてください」

武平は、慌てて頭を上げさせた。

「わしらは困っていた時に、高杉の家に救われて生き延びたのです。お坊ちゃんが本家から勘当されようと、お困りとあらば、何でもいたします」

藩政廃止の折り、多くの武士が職を失い、貧困に喘いでいた時代のことだ。武平の一家も例に漏れず困窮し、高杉家から多額の資金援助を受けた過去がある。その金を元手に京で始めた商いが成功し、今では他が羨むほどの裕福な暮らしをしている。けれど、それも全ては、高杉家の恩恵なのである。

武平は男に盃を進め、高級な酒を並々と注いだ。

「噂では、攘夷戦争に出ていたと聞いていましたが、ご無事で何よりです。
一体また、何の縁で京までいらしたんですか」

男は、差し出された酒をぐいと飲み干して言った。

「花が盛る季節ですから……
連れに、京の花を見せたいと思いましてね」

盃を片手に顔を上げたその男、口許に妖艶な笑みを浮かべている。その切れ長の瞳の奥に、暗い焔(ほのお)が宿るように見え、武平はごくりと唾を飲んだ。

攘夷戦争が終結し、平和が訪れた京の街。
高杉晋助が、そこに降り立ったのである。


  〜 螢夜 〜



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