鬼と華

□螢夜 第一幕
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住まいは手に入れた。薫のための美しい品々も取り揃えた。
晋助にはもうひとつ、手に入れるべきものがある。

晋助は、屋敷を出て街の中央に向かって歩き始めた。その姿、染め抜き小紋文様の小袖に腕を通し、黒ちりめんの羽織を纏っている。編み笠を目深に被り、懐には煙管と扇子を忍ばせていた。
彼の進む道沿いには、初夏の到来を告げる卯の花が、純白に咲き乱れていた。黒色の羽織との色彩の対象で、闊歩する姿をますます際立たせる。
颯爽と京の街を歩く様子は、実に様になっている。粋な装いに、道行く婦人がこぞって興味津々に振り返るが、彼は気にも留める様子もない。


晋助は、捜し物をしていた。
住まい、調度品。必要なものは武平に頼んで揃えてもらった。どれにも、大した拘りがないから人に頼めるのだ。
しかし、晋助にはどうしても、自らの手で触れ、眼で確かめ、得たいものがあった。


暫く歩き、晋助は目当ての物を見つけた。
随分と小さい店構え。気が付かなかったら、そのまま見過ごしてしまいそうであった。中を覗くと、奥の壁に飾られた、一本の抜き身の刀。それ以外の物はなく、何とも殺風景な店内であった。

晋助は、奥の方へ呼び掛けた。

「ここは、刀を扱っているのか」
「さよう」

店主らしき男の返事がした。声からして、随分と若い。その姿は、薄暗くてよく見えない。
晋助は、挨拶がわりに言った。

「廃刀令の時世に武器商とは、難儀なものだな。それとも、京では帯刀が許されているのか」
「まさか」

暗がりから姿を現した店主は、すらりとした長身の男だった。逆毛立った髪は藍色めいて、色白で頬骨が高い。質素な着物をゆるりとまとっている。

彼は、晋助の姿をしげしげと眺めながら答えた。

「京でも、帯刀なぞして歩けばお咎めでござる。拙者の商いは、奉行所や見廻役を相手に刀と脇差を扱っているでござる」
「役人以外には売らないのか」
「ちと高くなるが、それでも、構わなければ」

晋助は迷ったが、一歩、店の中に足を踏み入れた。

「見せてもらおう」

晋助が訪れたのは、京の街の刀剣商であった。


終戦で一時は失ったが、晋助には命と同じように必要なもの。
侍の魂を取り戻すため、再び刀を手に入れるのである。



(第一幕 完)
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