鬼と華

□螢夜 第二幕
1ページ/5ページ


晋助は刀を求めて、京の街の刀剣商を訪ねていた。いくつか刀を見たところ、過去の名匠の掘り出し物がある。小さな店で名刀と出逢えたのは、運が良かった 。

だが、刀剣商の主人の言う値段はどれもべらぼうに高く、晋助は些か面喰らった。

「随分と高いな」

晋助が言うと、刀剣商の男は平然として、

「値は拙者が決める故。主のように身なりのよいお侍には、買えぬ値では無かろう」

などと言ってのける。そして、刀を値踏みする晋助の様子を見て、おもむろに言い加えた。

「それに、隻眼といい、腕の古傷といい、ただのお侍ではないようでござる」
「……!」

晋助は、思わず身構えた。衣服で隠されているにも関わらず、刀剣商は晋助の腕に、傷があることを見抜いた。
攘夷戦争の末期に負った傷で、今は既に完治している。だが、恐らく傷の痛みが長引いたせいで、腕を庇うような動きが体に染み付いているのだ。

初めて会う者の動作の不自然さを見抜くなど、ただ者ではないかもしれない。警戒すると同時に、晋助は面白味も感じていた。わざと高い値段を吹っ掛け、敢えて警戒を呼び起こすような言動をする。背景には、何かがありそうだ。


晋助は片手で顎を撫でながら、試すように言ってみた。

「ただじゃあ刀を売らねぇって訳かい。何か条件があるなら、言ってみろ」

刀剣商の男はじっと晋助を見つめ、たっぷりの間を置いてから言った。

「隣の長屋に、娘がいる」
「娘だと?」

刀剣商は、ふっと笑って答える。

「拙者の子ではござらんよ。父を辻斬りによって亡くし、母子ふたりで暮らしておる。このところ、母が病に臥して暫くになるようでござる。医者代と薬代が稼げずに困っているのだ。
その娘、使用人として使ってはくれぬか」

意外な事情に、晋助は困惑した。まさか、人雇いを頼まれるとは予想だにしていなかった。
まず最初に、薫の顔が思い浮かぶ。彼女とふたりの住まいなのだ。好んで他の人間を入れたくはない。

晋助は、懐に手を差し入れた。

「俺の屋敷は、使用人を雇うほどの家じゃねえ。薬代くらいの金を渡して済むなら、今ここで……」
「娘が働かずして持ってきた金を、母に何と説明すると?」

刀剣商は、晋助を遮って強い口調で言った。

「拙者は、働かせてほしいと申し上げているでござる。承諾してくれれば、刀は、主の言い値で売ろう」

そこまで言われると、何か良からぬ事情や悪巧みがあるのではと勘繰ってしまう。だが、刀を前にして晋助の思惑は揺らぐ。廃刀令の時勢に、他の刀剣商を当たるのも骨が折れるし、何より目の前に、名刀と謳われた品々があるのだ。

決して狭くはない屋敷で、薫ひとりが家のことをするのは苦労もあるかもしれない。娘の歳を聞いてみれば、薫の少し下であった。よい話し相手にはなるかもしれないと、晋助は娘を雇うこととした。

そして、刀剣商に柄や鞘などの刀装具一式を指示し、相応の代金を前払いで手渡した。刀剣商はきっちりと金勘定をした後、娘が住むという長屋へと晋助を向かわせた。働きに出る日取りを早く決めたいようだった。
そうして、晋助はどこか腑に落ちないまま、刀剣商との奇妙な取引が成ったのであった。

.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ