鬼と華

□螢夜 第三幕(前編)
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刀剣商を後にした晋助は、その足で茶屋に向かった。
京に初めて来た際に武平に招かれた、高級な店ではない。前科者が集まるような茶屋で、主に密談や闇取引に使われる場所だ。

古ぼけた引き戸から店に入ると、梅雨の湿気を閉じ込めたような、じっとりした空気がまとわりついてくる。薄暗い店内に、客が五人。入り口の晋助に、いっせいに値踏みするような視線が集まる。


晋助はぐるりと見渡し、最も手前の席に座る、中年の男に話しかけた。

「訊きたいことがある」

男は、眼球が飛び出したようなぎょろりとした目で、晋助を見てくる。

「京の街に来ると言う、幕府の重鎮の事だ。何か知らないか」


『幕府のお偉いかたが来る』。
晋助は、刀剣商の何気ない一言が気がかりでならなかった。何故なら、幕府の人間と聞いて、黙って見過ごすわけにはいかない過去があるからだ。
幕府は廃刀令により侍達から刀を奪い、攘夷派鎮圧という名目で、徹底的に攘夷志士を追い詰め処刑に追いやった。侍を見捨てたのである。

一体どのような人物が、遥々京にやって来るのか、陰に流れる噂も含めて知りたい。それゆえ、まっとうな場所では得られない情報を得るために、晋助は茶屋を訪れたのだ。


やがて、晋助が話しかけた中年の男は、ずいと身を乗り出して、焦点の合わない眼で晋助を見上げた。

「知りたいことがあるなら、まず金を寄越しな。それとも……」

彼は、まるで手探りのような覚束ない手付きで、晋助の首の辺りを鷲掴みにした。

「アンタの目玉をくれるんなら、考えてやってもいいぜ」

間近で男を見て、晋助ははっと気がついた。男の両目は、義眼であった。
その生気のない澱んだ瞳。晋助は全身を虫が這いずり回るような、強烈な嫌悪感を覚えた。

「悪いな。……俺も、片方の眼は無くしちまった」

晋助は、男の手を片手で薙ぎ払い、そのまま腕を力任せに捻った。

「今、刀を持っていねェのが残念でならねぇ」
「ぐ、っ……」

男が青くなって、呻き声を漏らす。
晋助は、構わず腕を手前に捩り続けた。侮辱されたような、蔑まれたような、行き場のない怒りが沸々とたぎっていた。

「この腕……ここで、使い物にならなくしてやろうかァ」

そう、凄んだ時であった。
晋助と、義眼の男のやり取りを傍観していた客のうち、隅に居た老人が口を開いた。

「止しなさいな。ここじゃ喧嘩は御法度だ」

咎めるというより、まるで独り言のようなぼそぼそとした口調で、老人は話した。

「佐久間周山……最近の若いのは、知る者は少ないかもしれん。いや、天人が来てからは、誰も政(まつりごと)に関心を持たなくなったからな」

晋助は、老人に一瞥をくれて尋ねた。

「どのような男だ、佐久間周山というのは」
「将軍が国を売った男なら、周山は、天人を国に呼び入れた男さ」
「……どういうことだ?」
「先代将軍の代から、周山は幕府の軍事顧問として重用されておった。
開国から長らく内乱が続いた時代、奴は幕府の金をたんまり叩(はた)いて、宇宙の列強国々から戦艦を調達したのさ。内乱鎮圧の名目でな。ついでに、戦いに精通した天人を、厚待遇で多数招聘した」

老人の言葉に、晋助は鼻を鳴らして笑った。

「成る程な。いち早く天人との繋がりを持ち、天人に恩を売ったって訳か」
「そうだ。天人が国政に関与し出したのも、周山が蔭で取り計らったらしい。奴の懐は、さぞ大金が舞い込んだだろうよ」

幕府の重役についておきながら、その所業、まるで己の利を追求しているようにしか思えない。本来は民の為の政治というものを、天人に媚びへつらうように行っては、この国も終いである。

晋助は、再び老人に尋ねた。

「そんな地位にいる人間が、何故戦後の京に来ている?」
「さてね。帝への謁見の為か……それとも、江戸のように、京を天人の街にする為か……」

老人は、手元の茶を啜るように飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。脚が悪いらしい。杖をついて、びっこを引くように歩いている。
晋助の側まで来て、老人は皺の刻まれた目元を細め、晋助を見上げた。

「兄さんは、攘夷志士かい」
「…………だったら、どうする」
「いや……もしそうだったら、佐久間周山は、最も憎むべき相手だからさ」


老人は薄ら笑いを浮かべたまま、茶屋を去っていった。
最後の言葉がどのような意味を持つのか。その時の晋助には、まだ分からなかった。



(第三幕・前編 完)
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