鬼と華

□螢夜 第四幕
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曇り空と雨空を行き来するような空模様が暫く続いた後、京の梅雨が明けた。
その頃には、青い晴れ空を背に、天人の宇宙船や幕府の仰々しい船艦が頻繁に飛ぶ交うようになっていた。幕府の重鎮、佐久間周山が京を訪れるためであった。


ある日晋助は、日除けに編笠を被り、ひとり街を歩いていた。すると晋助の前方から、馬に乗った人影と、前後を囲む護衛が進んでくるのが見えた。

多くの護衛を従えているところから、重役の行列に違いない。お偉い人を一目見ようと、通りに次々と市民達が押しかけたが、護衛の一人が大声で彼らを抑制した。

「道を開けい!!佐久間先生のお通りであるぞ!!」

幕府の軍事顧問、佐久間周山が、偶然にも道を通りがかったのである。

晋助は編笠を少し上げて、馬上の男を確かめた。長身で肉付きがよく、馬に股がる様は実に威風堂々としている。黒々とした髭をたくわえ、目付きが異様に鋭い。有無を言わせぬような強い力が宿っているように見える。
しかし、軍事顧問という役職についているとは言え、天人と結託し、国の為でなく天人と己の利のために動くような男なのだ。

晋助は見物人の振りをして人波に紛れ、行列が過ぎ去った後にその場を離れた。



◇◇◇



それから晋助が向かったのは、刀剣商の店であった。他でもない、頼んでいた刀の為である。

刀剣商の男に出入りを咎められはしたものの、あれから何度か店を訪れては催促した。けれど刀剣商は、鞘の手直しやら鍔の不具合やら、何かと理由をつけて、なかなか刀を引き渡そうとしない。いくら気長に待つといっても、限界が来ていた。
この時勢、他の刀剣商を捜すのも時間の無駄である。痺れを切らした晋助は、今日こそはなんとしても刀を手にしようと心に決めていた。

店を覗く。だが、しんとして人の気配が無い。晋助は溜め息をついて踵を返そうとした。
体の向きを変えたその時、店の奥に立て掛けられた刀が、目に飛び込んできた。

「あれは……」

一目見て直感した。脳裡に思い描いた、己の刀そのものが其処にあった。

柄を握り、目の高さに翳してみる。長年使い込まれた刀のように、すっと手に馴染む柄だ。鞘は磨きあげられたようなつやがあり、鍔にはひとつの錆びもない。
細々と指示をした刀装の一部一部が、職人の手によって巧みに造られていた。

刀剣商の男が、のらりくらりと晋助をかわしてきたのは、刀商として、満足のゆくまでこの仕事を成し遂げる為だったのだ。そう考えると合点がいく。何とも、己の使命に忠実で、融通のきかない頑固な男だろう。


(廃刀令の時代、こんな仕事をやれる刀商も、そうそういないだろう……)

来た時とはうってかわって、感慨深い思いで鞘に触れる。せめて一言、刀剣商には礼を言わねばなるまい。
店にいないところを見ると、居合いの稽古かもしれない。そう思い、店の裏手を覗いた時であった。裏の塀を隔てて、数人の話し声がした。


刀剣商の隣は長屋になっており、鈴が住む他、幾つかの家族が暮らしていた。長屋の裏には細い通路があり、物置や物干し場に使われている。声は、表でも屋内でもなく、人目を憚るように裏の通路から聴こえていた。

晋助が気を留めたのは、聞き覚えのある声がしたからであった。塀に沿って忍び寄り、気配を消して会話を聞き取ろうとする。

「金なら弾むぞ。あの隻眼の男、きっと仲間がいる筈だ。次は仲間の居場所を探れ」

刀剣商ではない。知らぬ男の声がしたかと思うと、続いて、

「これ以上、旦那さまを騙すようなことは出来ません!」

と、若い娘が言った。
高くよく響くその声、鈴であると確信した。

一体、誰と何の話をしているのか。晋助は、どんな小さな声も聞き逃すまいと、耳をそばだてた。

「娘よ、お役人の話はよく訊くものだ」

と、別の男の声がする。どうやら彼らは、奉行所の役人のようだ。
男が続けて言う。

「そら。これなら、どうだ」

銭の擦れあう音がして、暫くの沈黙が続いた。

「よく訊け、娘。あの男、攘夷戦争時代には、鬼兵隊などという野侍の集団を率いて、幕府や天人と戦っておったのだ。その戦いぶり、まさしく本物の鬼のようだと言われておる。そのような恐ろしい男の屋敷に奉公なぞ、母君が悲しむぞ。お役人の為になることをするのだ」

鈴は、じっと黙り込んでいるようである。
金を見せられ、奉公先の主人、晋助の内情を探るように言われているのだ。

「よいか。このことは、くれぐれも伏せるのだぞ。あの男が仲間と共に居るところを、我らがきっと、まとめて討ち首にしてくれよう……」

言いくるめるような、役人の猫撫で声が癪に障る。晋助は不快感に耐えきれず、話の途中でその場を離れた。


刀を片手に、足早に刀剣商の店を去る。晋助の心中には、暗い感情が渦を巻き始めていた。刀の柄にぎりりと爪を立て、奥歯を噛み締める。

謀られた。鈴は金と交換に、役人に情報を流していた。役人の手先であった。


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