鬼と華

□鬼百合の唄 第五幕
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陽射しが厳しく照りつけ、地面から炎のような揺らめきが立ちのぼっている。もやもやと翳る陽炎の向こう側、京の御所から七つの駕籠(かご)が出てきた。

駕籠は御所を出て、朱雀大路を直線に進み、町の外へと向かっている。普段なら、公家の行列は華々しいほどの御供衆を従えているのに、粗末な身なりをした駕籠舁きが担ぐのみ。
町の人々は憐れみと不安に満ちた目で、静かに駕籠が通り行くのを見物していた。

「まさか、こんなことになるなんて……」
「この町は、一体どうなるのやら……」

見物人の間でひそひそと交わされるのは、今後を憂うことばかりであった。

駕籠の中にいるのは、三条家や錦小路家をはじめとした、反幕派の公家衆七名。京都守護職設置への反対が原因で、幕府によって京から追放されたのだ。
反幕派の公家七名が追放された事件は、七卿落ち(しちきょうおち)と呼ばれ、これを機に帝は京都守護職の配置を了承した。

これより、列強星々の天人らが京都守護職として武装し、京の警備にあたることとなった。そしてその詰所の建築のため、御所周辺の住人や土地の所有者には立ち退きの御触れが出された。従わざる者即追放という強力な御触れで、期限までに立ち退きに応じなければ、幕府が軍を率いて強制排除にあたるという。

こうして京の町も、江戸と同様に天人の文明が入ることとなり、旧き町の姿は失われようとしていた。



◇◇◇



三条実温の追放で、京の反幕派の勢いは急激に弱まり、幽撃隊も後ろ楯を失い士気が下がっていた。北小路にある幽撃隊屯所も例に漏れず、幕府が命じた立ち退きの対象となっている。立ち退きの期限は、日一日と迫っていた。

そんな中、屯所には来島また子に逢うため、人知れず訪れる人が絶えなかった。幕府の命令により、やむを得ず京を離れる決意をした町人達であった。
その日も、古くから京で呉服屋を営む店主が、また子の元に訪ねてきていた。

「わしらには、代々続いた商売があります。土地や屋敷に未練がないと言えば嘘になりますが、家族を養い商いを続けるためには、御触れに従わざるをえません」

店主は俯き、声に悔しさを滲ませて言う。

「せめて、何かの形でも町に残れればいいんですが……。町衆がみんな離れてしまえば、京の町は無くなるでしょうな」

代々京の町で呉服屋を営み、人々に親しまれ、同じように町を愛してきた店主である。町を離れることの無念さを、また子は手に取るように感じていた。
彼女は両手を床について、丁重に頭を下げた。

「力になれず、申し訳ないッス……」


店主は家財一式と家族と共に、町を出ていくのだろう。立ち退きに応じた者には、幕府から新たな住まいや移動の費用が補填され、いくばくかの恩賞も出る。公家の一族まで追放して立ち退きを命じた幕府の策は、早々に功を奏していた。
京の町人が、土地屋敷を捨てて離れ……そして数年後には、御所の護衛とは名目ばかりの、天人の街が出来るのだろう。


攘夷戦争の戦災被害を免れた京の町は、神社仏閣や史跡、町並みが多く残され、人々は皆誇りを持って暮らしている。そんな歴史的な文化や伝統が、天人には真新しく映るのかもしれない。
人々を追いやって天人が町に住まうようになっても、仏閣や史跡が消えるわけではない。だが、人が居なくなれば伝統は無くなる。町があって人が住むのではない、人がいるからこそ、町があるのだ。京の町は、公家衆や町衆がいるからこそ、今の姿があるのだ。

また子はやりきれない思いで、町を出てゆく人々の背中を見送った。そして、このままではいけない、そんな焦燥感が彼女の胸を焦がしていた。


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